とあるリーマン建築家の書評ブログ

建築、デザイン、アート、ビジネスなどを中心に興味の赴くままに読んだ本を不定期でご紹介します。

「塑する思考」佐藤卓

日本を代表するグラフィックデザイナーの一人である佐藤卓さんが、デザインとは何かを愚直に追い求めた思考の奇跡をまとめた本です。

図版は少なく、佐藤さんのこれまでの仕事を知らない人には文章を読んだだけで何を言おうとしているのか全ては伝わりづらいかもしれませんが、一通り予備知識を持っている人には、これまでの仕事のベースになる思考のを知ることができる良書です。

デザインの定義

とにかく著作中で執拗に語られるのはデザインを付加価値であるとか、お化粧的な位置付けに貶められることへの反発です。これは第一線のデザイナーや建築家などが共通して主張することでもあります。デザインというのはもっと広義のもので、商品を化粧するのもではなく、商品のあり方そのものを扱うものだと。だからデザイナーズ家電だとか、デザイナーズマンションというような言葉に対して著者は否定的です。

 

唾液とデザイン

 

個人的に考えさせられたのは「唾液とデザイン」と題された章でした。デザイナーは「モダンデザイン=デザイン」だと思い込み過ぎている。美味しそうなラーメン屋とは何かと考えた時にコンクリート打ち放しのモダンデザインのラーメン屋を思い浮かべる人はまずいないだろう、と言います。確かに、この問題は建築家も見て見ぬ振りをして来た問題だと思います。本来、ラーメン屋の店舗デザインはラーメンが美味しそうに見え、食欲を増す、唾液が出るような空間が理想なはずです。それが空間の目的だとしたら、その目的を達成するための手段として、モダンデザインが正解でない可能性は大いにあるはずです。馬鹿の一つ覚えのように、ミニマルでクールな空間ばかりを良いデザインだと考えてしまうのは一種の思考停止かもしれないと考えさせられます。では、唾液の出るようなデザインを成立させる方法論を我々は持ち合わせているのかと考えると、あまり自信がありません。ひょっとしたら、モダンデザインを乗り越える次の方向性のヒントがそこにあるような気もして来ます。

 

デザインの公募

 

もうひとつ、激しく同意した章は「デザインの公募」という章でした。昨今の、国家的イベントのシンボルマークなどを一般公募する風潮に対する批判文です。最近、オリンピックのマスコットキャラクターも公募で、しかも子供達に投票させると発表されました。応募する方も、選ぶ方も素人です。プロのデザイナーなら当然配慮するざまざまな側面に対する検討を欠いた、ロゴマークマスコットキャラクターが民主主義の名の下に選ばれる可能性が高いと思われます。これは役人の責任逃れです。民主的なプロセスであるという大義名分で大衆の批判を逃れようとする意図しか感じません。プロをバカにしている。多数決は万能ではない。しっかりとした能力がある人が、責任を持ってデザインし、しかるべき能力のある人が責任を持って選ぶ。そうでないと本当に良いものは生まれないと思います。

オリンピックがらみの数々のゴタゴタ、豊洲の問題、日本企業がアメリカ企業に負けている理由、すべてつながっている気がします。

 

他にも興味深い文章の数々が収められた本ですが、その思考は極めて愚直で、真摯なものです。絶えず原点に帰って、そもそもどうあるべきかを面倒臭がらずに考える。だから説得力があるし、ブレないものが作れるのだと思います。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

塑する思考

塑する思考