「子育てしながら建築を仕事にする」成瀬友梨 編著
アトリエ事務所から組織設計事務所、ハウスメーカー等で建築設計を仕事をしている執筆陣がどうやって子育てとの両立を図っているかをまとめた本です。
こんな建築本が出る時代になったか
本のタイトルを見たときに「こんな本が出る時代になったかぁ」とちょっと感慨深いものがありました。建築設計業界はこれまでながらく絵にかいたような長時間労働の業界で、プライベートや子育てや果ては健康まで大いなる犠牲を払いながら仕事をするのが常態化していました。そしてそんな働き方こそが建築への忠誠心を示すような風潮さえありました。私も以前はしょっちゅう徹夜をしたり休日出勤をしたりしていて、同じチームで働いていたエジプト人に「普通はWORK FOR LIFEだけど、日本人はLIFE FOR WORKだね」と呆れられたりしていました。
しかし、時代は変わって、設計事務所も健康的で効率的な働き方が求められるようになりました。さらに、共働きも増える中で子育てとの両立も大手を振ってできる世の中にかじを切っている最中です。
子育てと仕事を両立させるための様々な工夫
本書に登場する方々も両立のために様々な工夫をしています。
・男性でも子供のお迎えの日は18時には事務所を出る。そうでなくても20時~22時には退社する。
・日建設計は「時間デザイン制度」でよりフレキシブルな働き方が可能になってきている。
・プライベートの状況を職場のチームにもオープンにし、共有する
・ルンバを活用する
・通勤時間を仕事や雑用処理の時間として有効に使う
・Slackを導入してチームメンバーとコミュニケーションを図る
・19時に退社する日と、22時に退社する日を交互に繰り返しメリハリをつける
・困ったら親の力を借りる
・職住近接、さらに保育園も近接させる
・フィリピン人のシッターさんに来てもらう
・仕事を人に任せる
・電動自転車、ルンバ、クイックルワイパー、洗濯乾燥機宅配サービスを活用
・朝四時過ぎから仕事をして17時半には仕事を終える
・夫婦で実家に居候する(子育てに親の力を借りる)
・宅配クリーニングの活用
などさまざまです。
共通しているのは
①労働時間を朝方にシフトし、短くする
②仕事をうまく人に任せる
③チームメイトや上司にも状況を共有してもらう
④親やベビーシッター等の力を借りる
⑤文明の利器を最大限活用して家事の負担を軽くする
といったところでしょうか。子供は国の宝です。急激な人口減少に向かう日本において、子供を育てやすい環境を作ることは最大の経済政策だと思います。こういう本をきっかけに建築業界が子育てのしやすい業界として、優秀な人材がどんどん入ってくる魅力的な姿に生まれ変わることを願って★5つです!
評価:★★★★★(5段階評価)
- 作者: 成瀬友梨,三井祐介,萬玉直子,杉野勇太,アリソン理恵,豊田啓介,馬場祥子,勝岡裕貴,鈴木悠子,木下洋介,永山祐子,瀬山真樹夫,杤尾直也,矢野香里,松島潤平,吉川史子
- 出版社/メーカー: 学芸出版社
- 発売日: 2018/02/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「ユニクロ潜入一年」横田増生
渾身のルポ
ユニクロの実態に迫るためになんと1年以上ユニクロで実際に働くという渾身のルポタージュです。
物語は2011年に「ユニクロ帝国の光と影」という本を出版した著者が、合法的に名前を変えてユニクロに勤め取材を続けるも、2016年末に文春に書いた記事が発覚し、ユニクロから懲戒解雇されるシーンからスタートします。
柳井社長の言葉が著者に火を付けた
前著「ユニクロ帝国の光と影」を出版した文春は、ユニクロから出版差し止めと二億円の損害賠償を求めて訴えられるも、2014年に裁判に勝っています。以降、ユニクロは横田氏からの取材を拒否し続け、柳井社長はあるインタビューで「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど。会社見学をしてもらって、あるいは社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかぜひ体験してもらいたいですね」と発言。これが著者に火を付けました。
現場で見えてきたもの
潜入取材はイオンモール幕張新都心店、ららぽーと豊洲店、ビックロ新宿東口店に及びました。そこで見えてくるのはたしかにかなりハードな現場の状況と柳井社長の強烈なトップダウン。横行するサービス残業、疲弊する現場。海外の下請け工場も劣悪な労働環境がNGOによって報告されています。そしてそれらの実情に対してユニクロは真摯に対応していないといいます。
圧倒的リアリティ
ユニクロのように本部が作った巨大なシステムをマニュアル通りにオペレーションしていく現場なんて、ファストファッションだって飲食店だってどこもこんな感じだろうと思っていたので、特にびっくりすくことはなかったですが、やはり現場に潜入しているというリアリティはかなりのものです。
昔は田舎のロードサイドショップだったのに
中学生のころ、ユニクロはまだロードサイドの倉庫のような店構えの安売り店というイメージでした。ユニクロを着ているとちょっとバカにされる感じすらありました。それがあれよあれよという間に銀座に出店し、フリースでヒットを飛ばし、ロゴマークも店舗デザインも、CMもすべてがスタイリッシュに洗練られていき、気が付けば世界的なファストファッションブランドになってしまいました。柳井社長のその手腕は広く評価されているところです。私もインナーが中心ですがユニクロは良く着ます。が、この本を読むと自分もブラック企業を作った一人なのかもしれないと思えています。
我々ユーザーは安くて高品質な商品が売っていれば買いたいと思う
この本を労働者をこき使うブラック企業の経営者の物語だとだけ捉えるのは少し短絡的かもしれないなと思います。我々ユーザーは安くて高品質な商品が売っていれば買いたいと思うし、それを実現するには企業は血のにじむような努力をします。企業とは何のためにあるのか、資本主義は誰を幸せにして、誰を不幸にしているのか、そんなことを広く考える一つの材料になりました。
評価:★★★★(5段階評価)
「専業主婦は2億円損をする」橘玲
日本人の10人のうち6人は専業主婦になって2億円を放棄している!?
大学を出た女性が60歳まで働いたとして、平均的な収入の合計は2億1800万円だそうです。ところが日本人の10人のうち6人は専業主婦になってこの収入を放棄してしまっています。共働きをすればふたりで5億も6億も稼げるのに、それを放棄していることにどれだけ自覚的なのか、それが本書のテーマです。
女性の人生設計の指南書
本書はこれからは共働きの時代てあるという主張とともに、女性の人生設計の指南書として以下のようなポイントが語られています。
①幸福の8つのパターン
②仕事の内容、仕事の在り方の変化
③結婚の在り方の変化
④専業主婦の現状
⑤これからの女性の働き方戦略
⑥母子家庭のリスク
①は以前このブログでも紹介した橘玲さんの「幸福の「資本」論」でも出てきた幸福のカテゴリー分けです。(プア充、ソロ充、等々)実は本書は「幸福の「資本」論」の女性向けに特化してスピンアウト企画なのです。注目は⑤の内容。
・子育てを外注するという戦略
・フリーエージェントという戦略
・生涯共働きが最強の戦略
働く女性の悩みは仕事と育児の両立です。どうしてもすべて自分でやろうとして無理をしてしまいがちなのを思い切って外注することで乗り切ることを提案しています。日本ではまだ抵抗があるかもしれませんが、香港やシンガポール、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシアでは中級以上の過程では家政婦いるのが当たり前だといいます。
確かに子育てで大変な時期にベビーシッターや家政婦の力を借りるのにトータルで数百万円かかったとしても、生涯年収2億円をドブに捨てるよりマシです。
また、これからは特に専門的な能力を持った人はフリーエイジェントでよりライフスタイルに応じた自由な働き方が可能な世の中になってくるといいます。クリエイティブクラスの人々は自分の好きな仕事を、好きな人と定年なく長く続ける時代。
そうして夫婦が生涯共働きを続ければ老後の資金の問題(年金制度の崩壊、老後資金への不安等)そのものが解決してしまう。
我が家も今年子供が生まれそうですが、とにかくいかに共働きを維持できる環境づくりをするかを最優先課題にしようと思ってまいます。で、まずは食洗器と乾燥機付きの洗濯機を導入しました(笑)フィリピン人の家政婦さんだったら子供の英語教育にもいいかな、とかそんなことを考えています。我が家にとっては「共働き維持のための投資は惜しまない」というスタンスの理論的バックボーンになる一冊です。
評価:★★★★(5段階評価)
幸福の「資本」論―――あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」
- 作者: 橘玲
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2017/06/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「社長の「まわり」の仕事術」上坂徹
読者の多くは社長の「まわり」の人たち
社長や起業家について書かれた本は数知れず。ただ、読者の大半は社長でも起業家でもなく、その周囲を固めているスタッフであったりすることが多いのだから、社長の「まわり」の人が社長をどう支えているかを伝えるのも有益なんじゃないか、ということで書かれた本です。取り上げられたのはこちらの方々の「まわり」の仕事術です。
カルビー 松本晃 会長兼CEO
ストライプインターナショナル 石川康晴 社長
建築家 隈研吾
中川政七商店 中川政七 社長
サニーサイドアップ 次原悦子 社長
彼らの周囲のスタッフたちへのインタビューから伝わってくるのはとにかくどの社長もとんでもなく忙しく、パワフルでエネルギーに満ち溢れているということです。まわりのスタッフはその意思決定をできるだけスムーズに、スピーディーにできるかに腐心しています。
忙しい上司にはYES,NOで答えられる質問を
例えば隈さんのスタッフは世界中を忙しく飛び回る隈さんにメールで相談するときには「YES,NO」だけ返事をすればよいようにしているといいます。これは我々の日々の仕事でも思い当たります。忙しい上司に「どうしましょうか」という質問はナンセンスです。選択肢と推奨案まで用意して「これでいいでしょうか」と聞けば、聞かれたほうがYES,NOだけ答えれば済みます。
隈さん驚きの執筆術
隈さんのエピソードで印象的だったのは、本の執筆方法です。原稿用紙ではなく、何かの裏紙やパーティーナプキン、ホテルのメモ用紙、機内食のメニュー表、エチケット袋などなど、行く先々で手元にある紙に書きなぐり、それをスタッフがタイプしなおすというやり方なのですが、ばらばらの紙に書かれている文章が、書きあがるときちんと制限文字数に合っているのだといいます。(ちなみに読書量も半端ないのだとか)
中川政七さんは個別のデザインに口出ししない
個人的に前から気になっている中川政七さんは具体的な商品のデザインにあまり口出ししないというのが意外でした。それよりもコンセプトや商品企画、そのデザインにたどり着いたロジックを徹底的に追及するスタイルのようです。取り扱うブランドや商品がどんどん拡大してく中で、社長がフォーカスすべき仕事は何なのか、ということなのだと思います。
実は鋳型のように社長の姿が描かれた一冊
というように社長の「まわり」の仕事術でありながら、まるで鋳型のように今を時めく社長たちのリアルな姿が伝わってくる一冊として楽しめました。
評価:★★★★(5段階評価)
「丹下健三ディテールの思考」豊川斎赫
技術やディテールから丹下健三に迫った作品
豊川さんの著書をこのブログで取り上げるのは二冊目。もちろん丹下さんの本です。
取り上げられる建物は広島平和記念公園から赤坂プリンスホテルに至るまで全14作品。それらの歴史的な名作で、技術的なハードルをどう解決していったかが描かれています。
平和記念公園ではコルビュジエのモデュロールを参考に独自の丹下モデュロールという寸法体系を開発して、それをもとに設計をしたもののミリ単位の端数だらけの寸法になり、当時の建設技術では追い付かないレベルの寸法になってしまい、施工に苦労したこと、コンクリート打ち放しの耐久性を過大評価してしまい、後に本館や会議場を再築する際には鉄骨造の石張りを選択することになったことなども書かれています。絶えず技術的にもギリギリのせめぎあいをしていたことがうかがえます。
構造と設備の両立に苦心、錆に悩まされた旧都庁
旧東京都庁舎では、コアシステムの構造と設備の両立に苦しむ様子、竣工後には外装のスチール製ルーバーの錆問題の発生、などが紹介されています。実現しなかった都庁舎総合計画のプランも掲載されていますが、今月号の建築雑誌に掲載されていても不思議ではないくらい現代的でカッコいいプランです。
圧巻は東京カテドラルの吸音対策
そんな調子で香川県庁舎、倉敷市庁舎などの作品のエピソードが語られますが、個人的に特に感銘をうけたのが東京カテドラルでした。
HPシェルのあの美しい構造体を成立させるための苦労はもちろん、圧巻はその音響対策です。意匠的にはコンクリート打ち放しで行きたい。しかし音響の計算をすると残響時間が長すぎる。そこで考え出された選択肢は3つ。
①壁面に吸音処置をする
②壁面に凹凸をつけて音を乱反射させる
③壁面に共鳴吸音器を設置する
①、②は誰でも思いつくと思います。ところが採用されたのは③の応用で、なんと約2千か所のセパレーターの穴にグラスウールを詰めた塩化ビニルパイプを埋め込むというものでした。セパレーターの穴はコンクリートを打てば常に出てくるものなので、パッと見には吸音措置が取られていることにすら気づかせない方法です。実際私は以前、東京カテドラルを観に行ったことがありますが、この本を読むまで知りませんでした。デザインに最後まで妥協せずに技術と統合させるところまで持っていく丹下さんと周囲の超優秀なスタッフ陣の奮闘ぶりに頭が下がります。
実務経験者向けの丹下論
実務経験者ほどこの凄さに痺れると思います。期間も予算も限られている中で実務をやっているときに、壮大なコンセプトをブレずに実現するのは相当に大変なことです。ちょっとデザインを妥協すればコストもスケジュールも性能も満足でき、誰からも文句を言われないというときに、コンセプトをあきらめずに追いかけられるかどうか。
もう一度、東京カテドラル観に行かなきゃなと思いました。
評価:★★★★(5段階評価)
「昭和天皇物語」能條純一
武田鉄矢絶賛
ある日「ワイドナショー」を観ていたら、武田鉄矢さんが絶賛していたので、よっぽど面白いんだろうと買ってみました。確かにこれは面白かったです。原作・半藤一利、脚本・永福一成、監修・志和秀宇というように時代考証もばっちりやっていそうな布陣。(といっても半藤さんしか知りませんが)
まだ第1巻は昭和天皇の幼少期から青年期に至るまでの様子が描かれています。養育係の足立タカ、学習院の院長はあの乃木希典、そして乃木希典自害の後、後任を引き継いだのが東郷平八郎。明治日本のスターが続々と登場します。司馬遼太郎の「坂の上の雲」の続編を読んでいるような感覚です。
昭和史のテキストにも最適では?
能條さんの作品を読むのは初めてですが、律儀で丹念な絵作り。これ、歴史の勉強にも最適だと思います。本当に続編が楽しみ。これがこのレベルで完結したら、本当に歴史的な名作の誕生だと思います。
評価:★★★★★(五段階評価)
「遺言」養老孟司
船中で書かれた著作
いわずと知れた養老先生の新書です。実は養老先生の本はここしばらく口述筆記ばかりで、自分で直接書いた本はかなり久しぶりだったようです。本を書いたその理由がまたかっこいい。「奥さんとその友人とカナリア諸島へいく船旅へお付き合いで参加することになり、船の中で暇だったから」。この本もきっと売れていると思うので、船旅代くらいすっかり取り返しているんじゃないでしょうか。
人間の意識はそんなに偉いのか
この本では専門分野である脳についてはもちろん、動物、都市、建築、宗教、言語、アート、コンピュータと様々な分野を縦横無尽に論考が行き来しますが、そこに通底するのは「人間の意識はそんなに偉いのか。感覚所与を軽視しすぎではないか」というスタンスです。
「目に光が入る、耳に音が入る。これを哲学では感覚所与という」動物は感覚所与の世界に生きています。外界からの刺激を受け取った感覚器からの情報をベースに行動しています。ところが人間には意識があるから、それを言語にしたり、数学にしたりして感覚器から入った情報を抽象化してしまう。
イコールの概念
第3章のタイトルは「ヒトはなぜイコールを理解したのか」となっていますが、その抽象化によって可能になったイコールの概念について語られています。リンゴがひとつある(リンゴA)。もうひとつリンゴがある(リンゴB)。どちらもリンゴだからA=B。これは人間の意識が行うかなり乱暴な抽象化の結果可能になるものであって、実際にはリンゴAとリンゴBは別の物体だし、別の物質だし、形も大きさも、存在している位置も、もぎ取られた時間も違う。でもそこをざっくりA=Bと言い切ってしまう抽象化を「意識」が可能にする。
さらに抽象化(イコールの概念)が進むとリンゴもブドウも同じ「果物」にくくられる。「果物」も「野菜」も同じ「食べ物」にくくられる。イコールを繰り返していくと最終的に意識がたどり着くのは「一神教」だといいます。
考えてみると「貨幣」「マネー」もイコールの概念の最たるものです。あなたの10円と私の10円は同じであるという前提があるからこそ交換が成り立ちます。そして1ドルが89円と同じ価値、ということにしているからこそ交換が成り立ちます。
そうして人間はこのイコールの概念によって複雑で高度な社会を作るに至りました。
「サピエンス全史」と同じことを言っている!?
ここまで読んでみてハタと気づきました。これって「サピエンス全史」と同じことを言っている、と。サピエンス全史ではこれを「虚構」という言葉で説明していました。イコールというのは実際にはイコールではなく、「イコールだということにしましょうね」というフィクション(虚構)が共有できているというだけのこと。
ちなみにそんなイコールまみれの人間の意識を解毒するのが「アート」だといいます。アートは唯一性がその存在価値であり、解釈も人それぞれ違う。同じであることを求めない。たしかにそういう面もあるような気がしてきます。
というわけで、「サピエンス全史」と合わせて読んでみるのも面白いかもしれません。80歳の叡智、おそるべし。
評価:★★★★(5段階評価)