とあるリーマン建築家の書評ブログ

建築、デザイン、アート、ビジネスなどを中心に興味の赴くままに読んだ本を不定期でご紹介します。

「社長の「まわり」の仕事術」上坂徹

読者の多くは社長の「まわり」の人たち

社長や起業家について書かれた本は数知れず。ただ、読者の大半は社長でも起業家でもなく、その周囲を固めているスタッフであったりすることが多いのだから、社長の「まわり」の人が社長をどう支えているかを伝えるのも有益なんじゃないか、ということで書かれた本です。取り上げられたのはこちらの方々の「まわり」の仕事術です。

カルビー 松本晃 会長兼CEO

DeNA 南場智子 会長

ストライプインターナショナル 石川康晴 社長

建築家 隈研吾

中川政七商店 中川政七 社長

サニーサイドアップ 次原悦子 社長

彼らの周囲のスタッフたちへのインタビューから伝わってくるのはとにかくどの社長もとんでもなく忙しく、パワフルでエネルギーに満ち溢れているということです。まわりのスタッフはその意思決定をできるだけスムーズに、スピーディーにできるかに腐心しています。

忙しい上司にはYES,NOで答えられる質問を

例えば隈さんのスタッフは世界中を忙しく飛び回る隈さんにメールで相談するときには「YES,NO」だけ返事をすればよいようにしているといいます。これは我々の日々の仕事でも思い当たります。忙しい上司に「どうしましょうか」という質問はナンセンスです。選択肢と推奨案まで用意して「これでいいでしょうか」と聞けば、聞かれたほうがYES,NOだけ答えれば済みます。

隈さん驚きの執筆術

隈さんのエピソードで印象的だったのは、本の執筆方法です。原稿用紙ではなく、何かの裏紙やパーティーナプキン、ホテルのメモ用紙、機内食のメニュー表、エチケット袋などなど、行く先々で手元にある紙に書きなぐり、それをスタッフがタイプしなおすというやり方なのですが、ばらばらの紙に書かれている文章が、書きあがるときちんと制限文字数に合っているのだといいます。(ちなみに読書量も半端ないのだとか)

中川政七さんは個別のデザインに口出ししない

個人的に前から気になっている中川政七さんは具体的な商品のデザインにあまり口出ししないというのが意外でした。それよりもコンセプトや商品企画、そのデザインにたどり着いたロジックを徹底的に追及するスタイルのようです。取り扱うブランドや商品がどんどん拡大してく中で、社長がフォーカスすべき仕事は何なのか、ということなのだと思います。

実は鋳型のように社長の姿が描かれた一冊

というように社長の「まわり」の仕事術でありながら、まるで鋳型のように今を時めく社長たちのリアルな姿が伝わってくる一冊として楽しめました。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

社長の「まわり」の仕事術(しごとのわ)

社長の「まわり」の仕事術(しごとのわ)

 

 

 

「丹下健三ディテールの思考」豊川斎赫

技術やディテールから丹下健三に迫った作品

豊川さんの著書をこのブログで取り上げるのは二冊目。もちろん丹下さんの本です。

取り上げられる建物は広島平和記念公園から赤坂プリンスホテルに至るまで全14作品。それらの歴史的な名作で、技術的なハードルをどう解決していったかが描かれています。

平和記念公園 モデュロールの限界、打ち放しの限界

平和記念公園ではコルビュジエモデュロールを参考に独自の丹下モデュロールという寸法体系を開発して、それをもとに設計をしたもののミリ単位の端数だらけの寸法になり、当時の建設技術では追い付かないレベルの寸法になってしまい、施工に苦労したこと、コンクリート打ち放しの耐久性を過大評価してしまい、後に本館や会議場を再築する際には鉄骨造の石張りを選択することになったことなども書かれています。絶えず技術的にもギリギリのせめぎあいをしていたことがうかがえます。

構造と設備の両立に苦心、錆に悩まされた旧都庁

東京都庁舎では、コアシステムの構造と設備の両立に苦しむ様子、竣工後には外装のスチール製ルーバーの錆問題の発生、などが紹介されています。実現しなかった都庁舎総合計画のプランも掲載されていますが、今月号の建築雑誌に掲載されていても不思議ではないくらい現代的でカッコいいプランです。

圧巻は東京カテドラルの吸音対策

そんな調子で香川県庁舎、倉敷市庁舎などの作品のエピソードが語られますが、個人的に特に感銘をうけたのが東京カテドラルでした。

HPシェルのあの美しい構造体を成立させるための苦労はもちろん、圧巻はその音響対策です。意匠的にはコンクリート打ち放しで行きたい。しかし音響の計算をすると残響時間が長すぎる。そこで考え出された選択肢は3つ。

①壁面に吸音処置をする
②壁面に凹凸をつけて音を乱反射させる
③壁面に共鳴吸音器を設置する
①、②は誰でも思いつくと思います。ところが採用されたのは③の応用で、なんと約2千か所のセパレーターの穴にグラスウールを詰めた塩化ビニルパイプを埋め込むというものでした。セパレーターの穴はコンクリートを打てば常に出てくるものなので、パッと見には吸音措置が取られていることにすら気づかせない方法です。実際私は以前、東京カテドラルを観に行ったことがありますが、この本を読むまで知りませんでした。デザインに最後まで妥協せずに技術と統合させるところまで持っていく丹下さんと周囲の超優秀なスタッフ陣の奮闘ぶりに頭が下がります。

実務経験者向けの丹下論

実務経験者ほどこの凄さに痺れると思います。期間も予算も限られている中で実務をやっているときに、壮大なコンセプトをブレずに実現するのは相当に大変なことです。ちょっとデザインを妥協すればコストもスケジュールも性能も満足でき、誰からも文句を言われないというときに、コンセプトをあきらめずに追いかけられるかどうか。

 

もう一度、東京カテドラル観に行かなきゃなと思いました。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

丹下健三 ディテールの思考

丹下健三 ディテールの思考

 

 

 

「横丁の引力」三浦展

横丁フィールドワークの成果

吉祥寺のハモニカ横丁新宿ゴールデン街等、東京に残る横丁のフィールドワークを通じて現代の都市と人々の指向をあぶりだした著作です。

ソフトとハードの両面から都市に迫る

三浦さんは都市をソフトとハードの両面から読み解く分析が魅力です。建築家や都市計画家の視点はどうしてもハードに偏る傾向があって、5年10年スパンくらいで移り変わっていく文化的トレンドと都市との関係までなかなか踏み込めません。

マッチョ的志向から非マッチョ的志向へ

三浦さんのほかの著作でも共通するのは人々がこれまでの物質的な豊かさを求めるマッチョな発想から、より非物質的な豊かさ、例えばコミュニティだとかすでにある古いものへの視点だとかそういうものにシフトしてきてるとの洞察です。ピカピカの超高層オフィスや湾岸のタワーマンション的な価値観に対しての「横丁」的価値観。

若い女性も横丁に集まる時代

これまでピカピカの世界観にあこがれると思われていた若い女性も今や「横丁」的価値観に共感するようになってきている。これからの都市を考えるうえでも「横丁」的価値観を再評価する必要がある。そういうスタンスです。

ハモニカ三鷹

最近、自宅の近くにある「ハモニカ三鷹」という施設がリニューアルしました。リニューアルの設計を託されたのは建築家の隈研吾さん。ハモニカ三鷹は吉祥寺のハモニカ横丁ハモニカキッチンなどを経営する経営者が三鷹でビルの1階を「横丁」的価値観で開発した飲食店です。外観は自転車のホイール(廃品)を大量にぶら下げたという斬新なもの。インテリアにも廃品がうまく活かされ、低コストであることを逆手に取った横丁的空間がうまく作られています。

隈さんのトークショーでも見かけた本書

そこで隈さんのトークショーが開かれたので見に行ってきたのですが、観客に交じって後ろのほうに三浦さんの姿が見えました。トークショー終了後、立食パーティーだったのですが、僕は隈さんよりもむしろ三浦さんと話したいくらいだったのですが、声をかけようか迷っているうちに三浦さんは足早に会場を後にされておりました。

ハモニカシリーズの理論的バックボーン?

それはいいとして、トークショーを行う隈さんの目の前に置かれたテーブルにはこの「横丁の引力」が置かれていました。この本の巻末では三浦さんと隈さんの対談がありますが、基本的に二人の都市感は共通するところがあり、結果的にこの本は隈さんの一連のハモニカシリーズの設計の理論的バックボーンになっているとも読めます。

横丁は設計できるか

横丁的魅力を建築家は人工的に作り出すことができるのか。シズル感のある空間を建築家は設計できるのか。そんな問題意識を掻き立てられる良書です。

 

評価:★★★★(五段階評価)

 

横丁の引力 (イースト新書)

横丁の引力 (イースト新書)

 

 

「住宅」安藤忠雄

安藤忠雄が住宅について自作を通じて語った本です。安藤さんは巨匠建築家となった今もコンスタントに住宅の設計を続けているといいます。

割りに合わない住宅の設計

建築の設計料というのは総工費に対するパーセンテージで決まることが多いのですが、設計の手間は建築物の規模に必ずしも比例するわけではないので、住宅の設計というのはビジネスとして考えると決して割りの良いものではありません。そのため、若い頃は住宅を設計していても、巨匠になると大規模な建築物の設計が中心となり、あまり住宅の設計はしなくなります。

巨匠建築家で住宅の物件が突出して多いことで知られているのがフランクロイドライトですが、二川幸夫さん曰く、安藤さんはそれに次ぐ住宅の物件数の多さではないかと。

住まうとは何か

ではさぞかし安藤さんの建築は高気密高断熱で機能的なのかというと、いわゆる狭義の「住みごごち」で言えば大手ハウスメーカーの住宅に軍配があがるかもしれません。有名な住吉の長屋は中庭を経由しないと隣の部屋に行けません。そこでは建築と自然の関係のあり方そのものの問い直す試みがなされています。ハウスメーカーの住宅と住吉の長屋でどちらが季節を感じられるか。また、極小の敷地の中で絶えず中庭を借景として取り込めるプランは見方を変えれば住戸の周りにチンケな庭を取り、それらがそれぞれの部屋からしか見えない通常の住宅よりも効率的かもしれません。

そんな問いかけが潜んでいることも安藤建築の魅力の1つです。

打放しコンクリート

安藤建築のわかりやすい特徴は何と言ってもコンクリート打放しです。石やタイルや壁紙などを張らず、構造体であるコンクリートが内部にも室内にも露出している作り方です。素材が徹底的に少ないので、ディテールがシンプルになり、幾何学の構成がより明確に表現されるのが特徴です。海外ではこの削ぎ落としていく美学が日本的であるとも評されます。

私の打放し体験

私も2件ほど打放しのマンションに住んだことがありますが、冬は壁づたいにコールドドラフトと呼ばれる冷気が降りてきます。ベッドを壁際に置いて寝ていると、コールドドラフトを体感できます。はっきり言って寒い。でも、今まで住んだ賃貸住宅の中で特に気に入っているのがこの打放しの2件でした。打放しなら何でもOKでは無いですが、ある意志を持ってデザインされていて、それで得られるものが大きければその魅力が欠点を補って有り余るということかもしれません。

国立新美術館では安藤忠雄展が始まりました。ぜひ見に行こうと思っています。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

安藤忠雄 住宅

安藤忠雄 住宅

 

 

「書庫を建てる」松原隆一郎 堀部安嗣

社会経済学者の松原隆一郎さんが建築家の堀部安嗣さんに書庫の設計を依頼し、完成するまでの経緯をまとめた共著です。

ヒューマンスケールの建築を丁寧に丁寧に

堀部安嗣さんはTOTOのギャラリー間で開催された個展を見て以来、興味を持っている建築家です。堀部さんの作品は決して奇をてらわず、住宅を中心とした比較的ミューマンなスケールの建築を丁寧に丁寧に設計していくタイプの建築家です。日本の建築界でいうと吉村順三、中村好文といった建築家もこの系譜に当たるかもしれません。

書架の設計依頼

松原さんは書庫に松原家の仏壇を設置するという機能を併せ持つよう書庫の設計を、すでに自宅の設計を依頼したことのある堀部さんに依頼します。敷地探しから始まるこの作業が竣工を迎えるまでの堀部さんの真摯な格闘には感心します。たどり着いた案はコンクリートの塊を円筒形にくり抜いて作ったような書庫。ドームの頂点に穿たれたトップライトから注ぐ光には崇高さも感じます。

ディテールまで丁寧に

階段の手すり、踏板のディテールまで丁寧に検討し、職人ともやりとりしながら凄い精度で作っていく。私は日頃何万平米、何十万平米という巨大なビルの設計にかかわることが多いので、そういう設計の時間のかけ方がなかなか叶わないこともあり、憧れを感じます。(能力の問題かもしれませんが)

近所の堀部建築

実は私の自宅の近所にも堀部さんが設計された住宅があります。どこかルイス・カーンの住宅のような佇まいのその住宅には緑道の緑を生け捕りにするような大開口が巧妙に設けられ、駐車スペースには古いサーブが停まっていて、それだけで街並みのグレードが1ランク上がるような建築です。

丁寧に、実直に仕事をすることの大切さを感じる、そんな本でした。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

 

 

「GA JAPAN 148 特集 小嶋一浩の手がかり」

デザインオリエンテッドな建築雑誌

日本の建築雑誌の中でも写真を中心とした紙面づくりでデザインを語るスタンスなのがこのGA JAPANです。写真家二川幸夫さんが創刊し、今は息子の二川由夫さんが後を継いでいます。

学生時代には建築雑誌をしょっちゅう買っていましたが、今では事務所に置いてある雑誌をパラパラとめくる程度で、あまり熱心に読まなくなってしまいましたが、今回、久しぶりにこの雑誌を買ったのは小嶋一浩さんの特集が組まれていたからです。

小嶋さんとの不思議な縁

建築ユニット、シーラカンスのフロントマンでもあった小嶋さんが亡くなられて一年。結局直接お目にかかる機会はありませんでした。学生時代、同じくシーラカンスの工藤和美さんが博多小学校を設計されていた頃、現場事務所で模型づくりを手伝っていたことがあります。また、当時九州で学生をしていた私ですが、大学院は東京に出たいと思っていたこともあり、興味のある東京の大学の研究室を見てまわっていました。その中の1つが当時東京理科大にあった小嶋研究室でした。私はウニの瓶詰めをお土産に持って、研究室を訪ねましたが、小嶋先生は不在で、研究室の方に小嶋さんに渡してもらうようにお願いしましたが、その後どうなったか分かりません。

就職すると、上司が原研究室時代の小嶋さんの同級生でした。原さんや小嶋さんの話を聞いてワクワクしたのを思い出します。そんなわけで小嶋さんは個人的にもずっと気になる存在でした。

モダニズムを信じている建築家

小嶋さんの建築の魅力は何と言っても作家性という名のブラックボックスに隠蔽されないそのロジカルな方法論です。スペースブロック、白と黒、アクティビティ、等、得意の学校建築を中心に理論がきっちりと実践にまで透徹されていて明快でした。それは設計をする上でも、すでに実現している世の中の数多の建築を読み解く上でも有効なロジックたちであったと思います。作家性はなかなか共有できませんが、ロジックは他の建築家と共有することができます。そう考えると小嶋さんが建築界に残した功績はすごく大きいと読んでいて改めて思いました。ひょっとしたらこれからシーラカンスの出身者ですごい建築家が出てくるかもしれません。

小嶋さんの尾崎豊的エピソード

師匠である原広司さんへのインタビューも面白いです。特に学生時代の小嶋さんがブチ切れして尾崎豊ばりに校舎の窓ガラスを割ってまわったエピソードなんかも。

もっと次回作を観たかった建築家です。

 

評価:★★★★(五段階評価)

 

 

GA JAPAN 148

GA JAPAN 148

 

 

 

 

 

 

「都市は人なり 全記録」Chim↑Pom

チムポムが都市で遊んだ2つの展覧会の記録

アートユニット、チムポムが2016年に歌舞伎町の雑居ビルで行ったインスタレーション「また明日も観てくれるかな?」展と、2017年に高円寺のバラックで行なった「道が拓ける」展の文字どおり全記録です。
残念ながら「また明日も観てくれるかな?」を見逃し、実際に観たのは「道が拓ける」のみでしたが、この展覧会がなかなか面白かったので、買ってみました。
どちらの展覧会も共通しているのはオリンピックを前にスクラップアンドビルドが繰り返される東京のリアル、それもどちらかというと打ち捨てられるスクラップアンドの質感を感じさせるインスタレーションであることでしょうか。

 

「また明日も観てくれるかな?」

「また明日も〜」は歌舞伎町の雑居ビルの床をぶち抜いて、そのスラブでビル内の家具などを挟んでハンバーガー状の作品を作ったり、部屋丸ごと青焼きにしたり、そこに有名アーティストを呼んでハプニング的なパフォーマンスをしたり、歌舞伎町の猥雑さと相まったアウトローな魅力があります。

 

「道が拓ける」

「道が拓ける」はバラックと呼んでいいようなボロボロの建物を半ば破壊しつつ、増築しつつ、内部にパブリックな道を構築し、その周囲に作品をちりばめて回遊させるということをやっています。

 

意外と地道で大人な準備の上でのハチャメチャ

そのハチャメチャぶりは現代アート界のロックバンドといった風ですが、この本で語られる舞台裏を読むと、なかなか周到に、地道な準備をした上でのハチャメチャなのだと感心します。ただのやんちゃ坊主ではここまでのことはやっぱりできません。歌舞伎町の既存コミュニティとの地道な交流、警察との絶妙なやりとり、放棄に関する知識、「道が拓ける」は随分と建築的な作品だなと思っていたら周防貴之さんという元SANAAの若手建築家との共同作品でした。

カオスは計画できるか

ツルツルピカピカの大規模な都市開発の裏で打ち捨てられるカオスの魅力は、建築家の都市論でも語られますが、いざそれを設計しようとすると指の間からすりぬけるように逃げてしまい、なかなかそれを実現できている建築家はいません。カオスを増幅させようとするならば、ひょっとしたらチムポムのようなアート側からの直感的なアプローチ、構築と破壊、計画とハプニングが渾然と一体となったアプローチのほうが可能性があるのかもしれない。そんな予感を抱かせる本でした。

 

評価:★★★★(五段階評価)

 

 

都市は人なり 「Sukurappu ando Birudo プロジェクト」全記録

都市は人なり 「Sukurappu ando Birudo プロジェクト」全記録