「80’s」橘玲
この人の新作はとりあえず手に取ります
この人の新作が出たらとりあえず手に取ってみる、という作家さんが何人かいます。私の場合、ここ数年は橘玲さんがその1人。特に経済や社会の仕組みを解説するような本はクールで切れ味鋭い洞察が魅力でよく読んでいます。
自身の半生を振り返る内容
今回の作品は珍しく自身について振り返るような本でした。1982年から1995年までを自身にとっての80年代の青春と位置づけ、振り返るような内容です。
高校時代には謹慎中に「白痴」「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」を一週間で読むなどその知性は早熟だったことが伺えます。
早稲田に入学し、ジャズ喫茶と、映画館と、サークルの部屋と、雀荘で過ごしたという大学時代。
やがて小さな出版社に就職。時代はバブル。小説「なんとなくクリスタル」がヒットし、「ジャパンアズナンバーワン」がベストセラーになり、「anan」と「non-no」の全盛期。様々な雑誌を発行しながら時代に巻き込まれ、時代の空気をめいいっぱい吸い込み、また翻弄される人々を眺める。
そして1995年に阪神大震災と地下鉄サリン事件を迎える。出版社の人間として時代エポックとなる出来事を最前列で見ながら、やがて青春の終わりと新たな時代の始まり(小説家としてのキャリアのスタート)を迎える。
クールな筆致と時代を見つめる視点
その一部始終が少し自分を突き放すようなクールな筆致で書かれていてなんともカッコイイです。この内容がおじさんの鬱陶しい自慢話や思い出話に陥らずに済んでいるのはそのクールな文体と、個人的なできごとを振り返りながらも「80年代」という1つの時代の活写になり得ているからだと思います。
いつか自分もゼロ年代を振り返る時が来るんですかねぇ。
評価:★★★★(五段階評価)
「未来予測の技法」佐藤航陽
「お金2.0」で大ヒットを飛ばしている佐藤航陽さんの本を遡ってみたいと思い、買ってみました。
佐藤さんの予測によるとまず、「国家の重要度が低下する」。その予測のスタートは「国土の重要度が低下するから」。なぜか。それは農業や工業の時代は国土が生産能力と直結していたから。ところが今は産業の中心が農業でも工業でもなく情報に移ってきている。情報は国土に依存しないから国土の重要性が低下する。また、権力も国家から企業に移りつつある。これからはgoogleやfacebookといった多国籍企業(分散型の権力)と国家(ハブ型の権力)の綱引きの時代になる。
このような調子で佐藤さんの予測は歴史的な経緯と物事の因果関係を明確にとらえているので説得力があります。思考は高度ですが、言葉は平易です。
その未来予測のカギは「パターン」にあるといいます。テクノロジーがどのように進歩していくのか、テクノロジーが進歩すると政治や経済のシステムがどのように動いていくか、そこにはパターンがあるようだ、と。実際に佐藤さんが経営する会社でもゲームのユーザーの行動を解析すると限られたパターンが見えてきているそうです。
また、自社のアプリ開発をandroidに特化するという経営判断をした際には、かつてのmac(垂直統合型)とウインドウズ(水平分業型)のバトルにウインドウズが勝利した歴史からパターンを読み取り、水平分業型が勝利すると予測したようです。パターンとはつまり歴史から学ぶこととも言い換えられるかもしれません。
彼はテクノロジーの進歩と社会の変化に潜むパターンを9つ紹介しています。
①あらゆるもののエントロピーは増加する。
テクノロジーも時間の経過とともにシンプルなものから複雑化していき、部屋を飛び出し、多方面へ浸食を繰り返していく性質がある。(例えば電話など)
②あらゆるものに知性が宿る
あらゆるところにセンサーが付き、やがてセンサーは知能がやどり人間の意思決定を抄訳していく。(IOT、ディープラーニング、自動運転等)
③ネットワークはピラミッド型から始まり、ハブ型、そして分散型へ
社会システムも封建社会(ピラミッド型)→近代社会(ハブ型)→現代社会(分散型)と変化しています。貨幣システムだってそうかもしれません。
④テクノロジーは人間を拡張する
手の拡張として斧などの道具が作られ、動力(足)の拡張として電力が開発され、脳の拡張として本が生まれました。でもこられのテクノロジーは人間の脅威とはならずに、人間の再定義迫ったという歴史(パターン)から推察するに、AIは人間の脅威ではなく人類の再定義をせまることになるはず。
⑤テクノロジーは私たちを教育し始める
貨幣は道具だったはずが、世界認識そのものを変え、貨幣によって数値化させることで人間は世界を学ぶようになった。
⑥テクノロジーは掌から宇宙へとひろがっていく
IT企業はまさに今宇宙に投資を始めています。イーロンマスクもロケットを打ち上げているし、ホリエモンもロケットを飛ばそうとしています。
⑦テクノロジーは境界線を溶かしていく
国家と企業の境界線、社内と社外の境界線、自分と他人の境界線が薄れつつあります。
⑧テクノロジーはすべてを無料に近づける
グーグルのサービスが進化すると企業によるベーシックインカムが実現するかもしれない。
⑨テクノロジーが出した答えを理解できなくなる
将棋や囲碁の解説者が定石からはずれたAIの手の意味を理解できないのもこれかもしれません。
あらためて書評を読んでいて思いましたが、一見逆説的なようですが未来を知りたければ歴史を学ばなければいけないですね。歴史をなぜ学ぶかというと、そこに人間や社会の動きのパターンを学べば未来予測の精度が上がるからです。
ビジネスマンでも人の上に立つ人は歴史ものをよく読んでいると聞きます。優秀なアーティストや建築家も歴史の造詣が深い人が明らかに多いと思います。過去を知り、パターンを知っているからこそ、ある確信をもって未来を描けるのかもしれない。そんなことを感じさせる一冊でした。
評価:★★★★(五段階評価)
時代を先読みし、チャンスを生み出す 未来予測の技法 (リベラルアーツカレッジ)
- 作者: 佐藤航陽
- 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日: 2018/01/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「日本再興戦略」落合陽一
メディアアーティスト落合陽一氏が日本のグランドデザインを記した一冊です。
「均一な教育」「住宅ローン」「マスメディアによる消費者購買行動」を3点セットとして突き進んだ高度経済成長のモデルが陳腐化
欧米を範としながら「均一な教育」「住宅ローン」「マスメディアによる消費者購買行動」を3点セットとして突き進んだ高度経済成長のモデルが陳腐化してしまった今、欧米を追いかけるのではなく「東洋思想」をベースに日本の未来を考えるべき、というのが著者の考えです。最新のテクノロジーを駆使した著者の作風からすると「東洋思想」ということはが出てきたのは少々意外でした。
ロボットを作って日本再興
そして日本が抱える最大の課題である人口減少・高齢化はチャンスであるといいます。その理由は3つ。
①自由化、省人化に対する「打ちこわし運動(ラッダイト運動)」が起こらない。
労働力不足の日本では、機械に仕事を奪られることから生まれる反対運動は置きづらく、機械化を進展させやすい。
②周辺国でも機械化のニーズが生まれる
日本に遅れて中国を中心に世界中で高齢化が進展する。先んじて機械化を進めた日本は外国に機械を輸出していけば最強の輸出戦略になる。
③教育の充実
子供が減るから一人当たりの教育投資を大きくできる。
要は「ヒトの代わりに働いてくれるロボットや技術を先んじて開発する」というのが彼の主張です。
その他は最近世間的にもよく言われる
・自動翻訳が普及する
・自動運転タクシーが走るようになる
・5Gであらゆるものがネットワークにつながる
・ブロックチェーンの進化
といった技術進化の予測や、
・いくつもの職業を掛け持ちする時代になる(彼はこれを「百姓化」「ポートフォリオマネジメントと金融的投資能力」と言っています)
・MBAよりもアートを学ぶべき
・ワークライフバランスではなくワークアズライフ
等といった教育や働き方に対する提言まで盛り込まれています。
金融業や拝金主義に対する嫌悪、ものづくりに対するリスペクト
ベースには「クリエイティブな理系こそが未来を作るのだ」という意思が感じられます。だから直接新しいものを作りだしているわけでもないのに、稼いでいる金融業とかトレンディードラマ的世界観に毒された拝金主義に対する嫌悪も感じられます。
「ロボットや技術ですべて解決!」というのは楽観的過ぎる気も
日本の技術者にはこれくらいの気概で技術開発をしてほしいとは思うけれど、正直、日本がロボットで世界一になれるかというと、そう簡単ではないだろうという気がします。ソフトバンクがボストンダイナミクスを買収したとはいえ、ボストンダイナミクスはやはりアメリカの会社だし、ロボットを生活の中でネットワーク接続すると、そこにはアマゾンやグーグルが入り込んでくる未来のほうがリアリティがある気がします。
幻冬舎の箕輪厚介氏に注目
先日このサイトで紹介した「お金2.0」も本書もヒットしているようですが、どちらも幻冬舎のNewsPicksBookというシリーズで箕輪厚介氏の編集による本です。「最新のテクノロジーが世界を変えるかもしれない」という今一番ホットな分野で、続々と注目作出し続ける箕輪氏。ツイッターをフォローしてみると型破りでかなり面白そうな人物です。引き続きウォッチしていこうと思っています。
評価:★★★★(五段階評価)
「幼稚園では遅すぎる」井深大
幼児教育の重要性を早くから訴えていた井深大
あのソニーの創業者、井深大さんが幼児教育の本を書いていたと走りませんでした。幼児教育の重要性に早くから気づいていた井深さんは、1969年に幼児開発協会を設立し、研究を進めたといいます。本書はその成果がまとめられた本ですが、とにかく3歳までが決定的に重要なので、その間に知的な刺激を与え、運動し、身体能力を高めるべきだということが繰り返し書かれています。60年代にそこまで見通していたこと、さらにそれを科学的に研究しようとしたこと、その先見の明はさすが世界のSONYを作った方です。
母親観はやや古いが、最新の教育書と一致する点も多い
ただ、巻末に「本当の幼児教育は母親にしかできない」という章があり、読むと幼児教育は母親がするもの、という考えが強く、やや今の時代には合わないところも感じます。そこはまあご愛敬。それを除けば、参考になる点の多い本です。
また、3歳までの教育が決定的に重要であるという点は、モンテッソーリ教育の本や、先に紹介した「学力の経済学」の主張とも一致します。
そう考えると保育園の環境も気になるところですが、今の東京では認可保育園に入れればラッキーという状況。これからの日本を担う人材を育成する上で、幼児教育の環境は超重要です。保育園問題は早く解決しなくてはいけませんね。
評価:★★★★(五段階評価)
幼稚園では遅すぎる 新装版 (サンマーク文庫 G- 108)
- 作者: 井深大
- 出版社/メーカー: サンマーク出版
- 発売日: 2008/07/16
- メディア: 文庫
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「学力の経済学」中室牧子
教育本は玉石混交
子供の教育に関する本には本当に様々な教育法が書かれています。やれホメて伸ばせ打、いや3歳までは厳しくしつけるべきだ、英語は早く教えるほうがいいだ、いや、まずは日本語が大事だ、等々。それらの論には著者の数少ない経験に基づいているものもあれば、相当エビデンスが怪しいものもあります。
データに基づいて教育効果を分析
本書はとにかく、いったん正しくデータを集めて、正しく分析して、どんな教育がどんな効果を上げているのかを正しく把握しようというスタンスで書かれています。
相関関係と因果関係は違う
例えば「読書をする子供は学力が高い」というデータがあったとして、そこに示されているのは相関関係だけであって、読書が学力を高めているのか本当のところはわかりません。実は本を子供に多く買い与える親は、子供に勉強を促すことが多いために子供の学力が高いのだとしたら、学力に直接影響しているのは「勉強を促すこと」だということになります。これはニュースや広告の売り文句を鵜呑みにせず、自分の頭で考えるときにも必要な視点のような気がします。「相関関係と因果関係は違う」そのことを頭において冷静に考えないと、誤解したり騙されたりしてしまいます。
で、結局分析して何がわかったのか
実はこの本の主眼は、そういった「データの収集と正しい分析に基づいて教育行政を考えていくという視点が今の日本には欠けている」ということなので、分析の結果そのものを主張しようとしているわけでは必ずしもないのですが、子供を持つ予定の身としては分析結果が気になります。
・東大生の親の平均年収は約「1000万円」
・「テストでいい点を取ったらご褒美」よりも「本を読んだらご褒美」の方が子供には効果的
・「頭がいいのね」よりも「よく頑張ったね」とほめるほうが効果的
・テレビやゲームをやめさせても学習時間はほとんど増えない
・「勉強しなさい」はエネルギーの無駄遣い
・学力の高い友達に囲まれていると学力が上がる
(ただし、優秀な友達にいい影響を受けるのは上位者のみ)
・最も収益率が高いのは幼児教育
・非認知能力「自制心」「やりぬく力」の高い子供は大人になってから成功する確率が高い
・少人数学級は費用対効果が低い
・いい先生に出会うと人生が変わる(教員免許は教員の質を保証しない)
等々。これを読む限り、やはり幼児教育の重要性が高いことがわかります。それも単に勉強ができるようにするだけではなく、非認知能力を高めることが重要とのことです。部活や生徒会、課外活動なども積極的にやらせる。そして、良い先生や友人に会える環境を探してあげることが大事そうです。
また、今の日本の教育行政がデータの収集、分析、公開に遅れを取っているのであれば早々に改善してもらいたいと思いました。
評価:★★★★(五段階評価)
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海
以前大ヒットしたこの本、アマゾンで古本が安く売っていたので買って読んでみました。ちょっと前のベストセラーというのは古本も大量に出回っていて安く手に入ります。
設定の勝利
さて、今更解説するまでもなく、本書はその名の通りドラッカーのマネジメントを高校野球のマネジメントに応用させてみるという設定の入門書であり、青春ドラマです。ドラッカーのマネジメントは名著として知られていますが、まだドラッカーを読んだことのない人にその言わんとするところを誰でも知っている野球で説明する、その設定の勝利です。
ドラッカーとの出会い
私がドラッカーを初めて読んだのは大学院生の頃、就職活動をしていた時でした。私は設計事務所に就職するため、いくつかの設計事務所にエントリーしていました。最初に面接のあった某社に行ったところ、面接開始まで結構待たされ、その間、同じ大学の先輩にあたる社員の方が、私の話し相手になってくれました。たまたま話題が読書の話になり、お勧めの本を聞いたところ、
「ドラッカーは面白いよ」
と言われたのがきっかけでした。読んでみると、社会経験のない学生にはなかなかとっつきづらい内容なのですが、「社会人はこういう本を読んでいるんだ」と思いながら読んでいた気がします。
我が家の本棚のドラッカー
今も自宅の本棚にはドラッカーの「マネジメント」「テクノロジストの条件」「ネクストソサエティ」「プロフェッショナルの条件」などが並んでいます。どれもビジネスのお手軽なハウツー本とは一線を画す内容なので、さらっと読み飛ばせるような内容ではありません。数年に一度思い出したように手に取って読み返し、少しずつ理解しているような感じです。ドラッカーを読んで、それを自分の日々の仕事にどう応用するか。その一つのケーススタディーとして読むのが良いように思います。
評価:★★★(五段階評価)
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
- 作者: 岩崎夏海
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「お金2.0」佐藤航陽
帯には「仮想通貨、フィンテック、シェアリングエコノミー、評価経済・・・「新しい経済」を私たちはどう生きるか!」とあります。まさにテクノロジーで経済の仕組みがどう変わろうとしているかを若き起業家が語っている本です。
「資本主義」から「価値主義へ」
最も印象に残ったのは「資本主義」から「価値主義」への変化を述べた章でした。著者は価値には3種類あるといいます。
①有用性としての価値価値
②内面的な価値
③社会的な価値
今まで資本主義で可視化できていたのは①だけだったのが、価値主義の考え方では②も③も可視化できるようになる。しかも①~③は互いにいつでも交換可能になる。具体的には社会的なネットワーク(ソーシャルキャピタル)を持っている人が力を持つようになり、営利と非営利の境界が消え、経済と政治の境界も消えていく。
そして複数の経済が並立する時代になり、人々はどの経済圏で生きるかを選ぶようになるといいます。
新しいマネーの乱立
たしかにすでにその傾向はあちこちで出てきているような気がします。youtubeやfacebook、インスタのフォロワーがずば抜けて多い人はそれだけで生きていけます。フォロワーが多く、発信力が多いという価値をお金に変換することも簡単です。個人の時間をネットで株のように売ったり、個人を株式会社のように投資対象にしたりするネット上のサービスもいろいろ出てきています。お金も円以外にビットコインもあればLINEマネーもあればTポイントもあれば、マイルもあれば、もはや新しいマネーのカンブリア爆発と言わんばかりの乱立ぶりです。世の中でなされている価値の交換を円だけではとても説明しきれなくなってきている。
資本主義のバージョンアップはIT界隈が成し遂げるかもしれない
驚いたのは著者の佐藤さんが自分より年下だったことです。中学時代だったか、高校時代だったか学校の先生が「今は民主主義と資本主義はとりあえず最もベターな社会システムだということになっている。ただし、ベストではなさそうだということはわかっている。いつかどこかの天才がこれに代わるシステムを考え付くかもしれない。」というようなことを言っていました。ひょっとしたか「資本主義」から「価値主義」への転換はそれにあたるかもしれないなと思わせられる本でした。ITという技術の発展が資本主義のバージョンアップをしつつある。そしてそれは既成概念にとらわれない若い世代がなしとげつつある。そんな感じがします。
文章も明快で分かりやすく、経営者として最先端を走りながら考えた新鮮な内容で、売れているのも頷ける名著です。
評価:★★★★★(五段階評価)
お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)
- 作者: 佐藤航陽
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2017/11/29
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