「坂茂の建築現場」坂茂
リーマン建築家のブログを名乗る割りに建築の本が全然出てこないのもなんなので、ようやく建築関連本です。発売されてすぐ買っていたものの、ちょこっと読んだまま放置していたのですが、改めて続きを読んでみました。坂さんがデビューしてから現在まで何を考え、どの様に何を作ってきたのかがよくわかる本です。改めて坂さんの仕事を概観してみると、一貫してブレないその姿勢と、ガッツに頭が下がります。読んでみて浮かび上がってくるブレないいくつかの特徴を私なりにまとめるとこんな感じです。
①素材、工法に立ち戻って考える
坂さんは閉じた日本の建築界(村)の流行りや言説に流されることなく、誰もやったことのない素材や工法に立ち戻って考え、実現させてしまいます。よく知られているのは紙管の建築への応用です。実務をやってみると分かりますが、誰もやったことのない工法や素材にチャレンジするのは怖いし、面倒なものです。施主を説得するのが大変なのはもちろんのこと、建築基準法を満たすために実験をし、大臣認定を取り、と通常の設計業務に入る前にいくつものハードルがあります。設計事務所の経営的には設計に要する時間を短縮した方が有利だし、大人の世界では一般的にそちらが正解とされます。それを全部乗り越える。コストも納める。大変な精神力です。近年は素材として「木」に注目されているようです。新たな素材を合理的に使おうとすると、必然的に新たなディテールが、形が生まれます。決してスタイルとしての表層的なデザインに止まりません。
②ミースのユニバーサルスペースをベースにしている
数々の坂さんの作品に共通しているのは、ミースのユニバーサススペースをベースにしているということです。天井と床のプレートに挟まれたフレキシブルな無柱空間に家具が並ぶ。場合によってはその家具で屋根を支え、あとは全てオープン、というような構成が設計する建築の規模の関係なく出てきます。オープンな構成を実現するために、フルオープンになる大型のシャッターもよく用いられます。銀座のスウォッチのビルしかり、大分の現代美術館しかり。ミースはトゥーゲントハット邸でガラス窓が自動で床に収納される機構を実現させていますが、それを現代の技術でより大胆に大規模に実現されています。ここまでフルオープンにこだわるのは何か原体験があるのか、あまりご本人が説明されているところを見たことがないので気になるところです。
③抜群の行動力
坂さんが世界各地で災害等で住居を失った人達に独自で開発したシャルターを提供する活動を長きにわたってされていることは広く知られるところです。すごいのは①で挙げた紙管などの技術がその活動に見事に活かされていることです。世界各地に出て行って、賛同者を集め、資金を集め、法的、経済的、政治的、技術的な困難を山ほど乗り越え、口先だけでなく行動する。東日本大震災について色々な建築家が様々に発言したり、復興計画を描いたりしましたが、坂さんの行動の説得力には遠く及びません。年季が違います。熊本での地震にもすぐに反応され、避難場所に設置する紙管の間仕切りを作るための募金をHPでされていました。私も確か1万円程募金しましたが、すぐにスタッフの方からお礼のメールが届きました。募金が何にどう使われているかがはっきり分かるから、こちらも募金のしがいがあります。プリツカー賞の受賞もそれらの活動も含めた評価がなされたとのこと。納得です。
自分はこれだけの強い意志を持って設計できているのかと問われると口ごもらざるを得ません。身の引き締まる思いでページをめくる本でした。
評価;★★★★(五段階評価)
「生涯投資家」村上世彰
あの村上ファンドの村上世彰氏が今語ること
あの「村上ファンド」の村上世彰氏が自らの半生を語った本です。読んでみて随分村上氏の印象が変わりました。フジテレビの買収騒動のころメディアで報じられていたのは「強欲な投資家」という単純化されたイメージでしたが、どうもそんなに単純化できる問題ではないということがよく分かって、ものすごく面白いです。
コーポレートガバナンスとは何か
キーワードは「コーポレートガバナンス」。株式公開をした企業は一体誰のものか、という問題をめぐって、筋を通そうとした半生であったことが伺えます。村上氏は、株式公開をした企業は経営者の私物ではなく、公器であり、株主のチェックを受けるのは当然であると言います。そして経営者の保身のために内部留保を溜め込むのではなく、積極的に企業も事業に投資をし、利益を追求し、株主の期待に応えることによって経済の血液ともいうべき資金が循環するようになり、日本経済も活性化するはずだというのが彼の主張です。
大航海時代、貿易船に対する出資者を募る仕組みができたのが株式会社の誕生だったようです。資金や荷物を預かった船長が、出資者たちに航路や燃料の調達方法、行き先などを説明したり、場合によっては出資者から意見されるのは当然だと思います。それが嫌なら自費で航海すればよい。
出資者は資金が回収できないかもしれないというリスクを背負いますが、直接航海するわけではありません。日本人は心情的にここをなかなか受け入れない傾向があるように思います。直接働いているわけでもないのに、金にものを言わせて、と。しかし、リスクを負っている。だからリターンを受ける権利はあるし、それで大儲けしても資本主義のルールには何ら反しない。
投資的視点
私の本業は建築設計なので、はっきり言ってビジネスモデルとしては大儲けできるようなものではありませんが、30代半ばから少しずつ投資をするようになりました。わずかながら株を買ったり、インデックスファンドを定期的に買うようになりました。特に個別株は当たれば大きいけれど、会社が潰れればパーですから当然リスクはあります。投資を始めてみると、自分の中に労働者の視点に加えて、ささやかながら投資家の目線が生まれました。そうすると世の中がちょっと違って見える。世の中の動きにも別のアンテナを張れるようになります。
株をやったことのある人とない人で、村上氏の主張への理解度が変わってくるような気がします。
評価;★★★★★(5段階評価)
「アート×テクノロジーの時代」宮津大輔
最先端のクリエイティブユニット
チームラボ、タクラム・デザイン・エンジニアリング、ライゾマティクス、ザ・ユージーンスタジオといった最先端のクリエイティブユニットの動向を追った新書です。
私はチームラボとライゾマティクスしか知りませんでしたが、テクノロジーやエンジニアリングの分野を起点としてデザインやアートの分野に領域横断的に活動の幅を広げていく人達が未来を切り開きつつあることがよく分かります。一昔前にはビルゲイツやスティーブ・ジョブズ達が同じく領域横断的な視点を持って、ITの世界に革命をもたらし、そのインフラを構築しました。本書で紹介されているチームラボ世代のクリエイターはそれを前提として何処まで応用できるかに挑戦しているように見えます。
ファッショナブルな理系
共通しているのは抜群に理系のセンスがあって賢いこと、既存の価値観や組織からはみ出していること、従来のいわゆるオタクとは違ってアート、音楽、ファッションに明るく、とにかくかっこいいこと。
IT企業が求めるワークプレイスはリアルな空間の中に
そして面白いのはそれだけITや最先端のテクノロジーを使い倒す人たちなら対面でなくても遠隔でコミュニケーションが取れるから、物理的に集まって仕事をする必要なんてない、といいそうなところが実は逆で、高度にクリエイティブな活動を行うには対面のコミュニケーションが必要だと考えていて、魅力的なワークプレイスを作っていることです。
考えてみると、フェイスブックはフランク・ゲーリーに、アップルはノーマン・フォスターに、グーグルはトーマスへザウィックとビャルケ・インゲルスというように、世界に名だたるIT企業はこぞって超一流の建築家に大規模な本社ビルの設計を依頼しています。そしてどのオフィスもワンフロアが大きく、そこで働く人たちの偶発的なコミュニケーションの誘発を狙ったプランになっています。
リアルとバーチャルの二項対立で捉える考え方がもうきっと古いんでしょう。ITが発達してもリアルな空間、都市、建築は思った以上に重要だし、むしろ眠っていた新たなポテンシャルを引き出されていく気がします。ちなみにライゾマティクス代表の斎藤精一氏はコロンビア大学大学院で建築を学んでいます。
新しい建築の萌芽は建築界の外側にあるかもしれません。
評価;★★★★(五段階評価)
アート×テクノロジーの時代 社会を変革するクリエイティブ・ビジネス (光文社新書)
- 作者: 宮津大輔
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2017/06/15
- メディア: 新書
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「海外でデザインを仕事にする」岡田栄造編
アラフォーデザイナー達の海外での悪戦苦闘
私と同じアラフォー世代で、海外に飛び出した十四人のデザイナーの悪戦苦闘の様子をまとめた本です。同じシリーズですでに刊行されている「海外で建築を仕事にする」、「海外で建築を仕事にする2」も面白かったので読んでみました。
今回はプロダクトデザイン、グラフィックデザイン、テキスタイルデザイン等多様な分野で活躍する人たちが取り上げられています。渡航先も欧米だけでなく、アジアやアフリカまで様々。今まで以上にアジアやアフリカでデザインの仕事をする人が増えているような気がします。そこには欧米のように恵まれた労働環境などは整っていない反面、手探りで未来を切り開こうとするパワーがあるような気がします。
いつか国際的な仕事をしてみたいとも思いながら、結局ドメスティックな環境に収まっている自分に「本当でお前はそれでいいのか」と問いかけられているような気になりました。
評価:★★★★(五段階評価)
- 作者: 岡田栄造,鈴木元,森山茜,青木翔平,福定良佑,村上あずさ,?島泰,今村ひかる,長田喜晃,青木慶一,小林耕太,山本尚明,中山雄太,清水花笑,川島高
- 出版社/メーカー: 学芸出版社
- 発売日: 2017/01/25
- メディア: 単行本
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- 作者: 前田茂樹,吉田信夫,伊藤廉,松原弘典,田根剛,高濱史子,豊田啓介,小沢慎吾,エマニュエル・ムホー,後藤克史,柏木由人,小塙芳秀,梅原悟,吉田智史,原田雄次,佐貫大輔,西澤俊理
- 出版社/メーカー: 学芸出版社
- 発売日: 2013/07/26
- メディア: 単行本
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- 作者: 福岡孝則,別所力,戸村英子,吉村有司,原田芳樹,保清人,會澤佐恵子,長谷川真紀,石田真実,小川愛,渡辺義之,木藤健二郎,遠藤賢也,小笠原伸樹,鶴田景子,金香昌治
- 出版社/メーカー: 学芸出版社
- 発売日: 2015/10/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「人を動かす人になれ!」永守重信
最終的には「人」とはどういうものかを知っているかどうか
前回、明石家さんま原作の「Jimmy」を紹介しましたが、どんな分野も突き詰めると「人間はどういう生き物か」「人間はどんな時どんな気持ちになるのか」を知るということにたどり着くのかなという気がしました。最終的には人を知らないと笑わすこともできないし、何万人という社員を動かすこともできない。
部下をどう叱るか、どうフォローするか。リーダーとしてビジョンを語る時に、相手によって危機感と夢を語る比率をどう変えるか。どう褒めるか。
そういったリーダーとしての考え方やノウハウが平易な言葉で端的に書かれています。とにかく言葉がわかりやすい。これも何万人という社員を動かす経営者に共通しているような気がします。
臨機応変に対応する柔軟さ
ただ、人より長く、土日もなく働くようなモーレツ社員をを是とする考え方の方で、そうやって会社を大きくさせてきた方なので、この本もそのような労働観に基づいて書かれています。出版されたのが1998年。まだ今ほど働き方改革が叫ばれる以前に書かれたものです。
すごいのは最近の永守さんのインタビューなどを読むと、真逆のことを言っています。モーレツ社員でやってきたけれど、これからは働き方を変えなければいけない、ワークライフバランスが大事だと言っています。あの歳で必要とあらば時代に合わせて考え方を柔軟に変えられる。それが名経営者たる所以かもしれません。
モーターの需要
これからドローンや電気自動車、介護ロボットなどなどモーターの需要はますます高まりそうな気配です。日本電産がどうなるのか。ポスト永守時代はどうなるのか。ウォッチしていきたいところです。
評価;★★★★(五段階評価)
「人を動かす人」になれ!―すぐやる、必ずやる、出来るまでやる
- 作者: 永守重信
- 出版社/メーカー: 三笠書房
- 発売日: 1998/11/01
- メディア: 単行本
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「Jimmy」原作 明石家さんま
「わかりたい!現代アート」布施英利
現代アートを語る上で欠かせない34人のアーティストを「モダン」と「ポップ」という2つのキーワードでザックリと概観する現代アートの初学者向けの文庫本です。
私は現代アートの体系だった知識は持ち合わせていませんが、好きで美術館に展覧会を観に行ったり、建築設計の仕事をするなかで、パブリックアートなんかを設置したり、アーティストの方と一緒に仕事をする機会があったりと、それなりに現代アートに触れ合う機会はあります。ところが断片的な知識が断片のままふわふわしてなかなか像を結ばない。そんなこともあって、現代アートのザックリした全体像をちゃんと頭に入れておきたいなあと、たまに初学者向けの現代アート本を手に取ることがあります。
この本には34人のアーティストが「要するにに何をやろうとしたのか、どこが評価されたのか」を時系列に並べて平易な言葉でまとめています。時系列に並べ、現代アートの進化の文脈が整理され、それをモダンとポップというキーワードで整理してくれているおかげで頭の中をふわふわ漂っている断片的な知識がに、インデックスをを付けて棚に並べ直してくれるような本です。
弱点は写真があるものの作品そのものの写真が掲載されていないことでしょうか。私も作品をよく知らない作家の章はいまいちピンと来ませんでした。そういう意味では作品を知っている前提で書かれた本かもしれません。
評価:★★★(5段階評価)