とあるリーマン建築家の書評ブログ

建築、デザイン、アート、ビジネスなどを中心に興味の赴くままに読んだ本を不定期でご紹介します。

「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?」山口周

「なぜ○○は○○なのか?」っていうタイトルの本、多いですね。疑問を投げかけられると答えを知りたくなって本を手に取ってしまう→売れる っていうことなんでしょうか。

論理的・理性的な情報処理スキルの限界

世界トップクラスのアート・デザイン系の大学院大学であるイギリスのロイヤルカレッジオブアートが近年グローバル企業の幹部トレーニングで注目されているといいます。また、ニューヨークのメトロポリタン美術館やロンドンのテートギャラリーなのでも社会人向けのギャラリートークのプログラムにビジネスマンの参加が増えているといいます。

それはこれまでMBAコンサルティング業界を席巻していた論理的・理性的な情報処理スキル(サイエンス)だけではこの複雑化した世界で、かつ消費がより感性的、ファンション的に行われるようになった市場で、戦っていけないという危機感の現れだと。

ロジカルシンキングの総本山といった感のあるあのマッキンゼーがデザイン会社を買収したことも同じ動機によるというのが著者の見立てです。

美意識のあるアップル、美意識のないオウム真理教

経営にアート・デザイン思考のある代表格といえばアップルでしょう。マーケティングで積み上げた要望を満たすように最大公約数的なモノづくりをするのではなく、ジョブズの美意識に基づいて徹底的に削ぎ落とし、洗練されたプロダクト。ユーザーはその美意識に感化され、ファンになり、ものを買う。それはロジカルシンキングの積み重ねだけでは生まれてこないジャンプです。グーグル、エア・ビー・アンドビー、テスラ、ダイソン、等、今勢いのある企業はある美意識・哲学に基づいて発信を行う企業ばかりです。

一方で美意識の欠如したエリート集団の代表として著者が挙げたのがオウム真理教でした。複雑怪奇な現実社会に適応できないエリートが、受験勉強に似た単純明快なステップアップのすごろくを新興宗教に提示され、飛びつき、ロジカルシンキングを妙な方向に回転させました。そこに美意識や哲学はありません。その証拠がプレハブのようなルックスのサティアンであると言います。

アートの勉強をすれば済む話なのか

ロジカルシンキングの限界は理解できます。ある種の美意識を持って、分析的な思考ではなく統合する思考。クリエイティブな思考。多数決ではなく、時にトップダウンを辞さない意思決定システム。そういったものが必要だということは理解できます。

だた、企業の幹部にまで上り詰める年齢になって、今更絵の見方を習ったりしたところでそういった思考が身につくんだろうかという疑問があります。人が作ったゲームで高得点を取るのではなく、自分でゲームを作ってしまうような発想は、なるべく若いうちに、それこそ10代くらいで「自分で作る」「自分で絵を描く」「自分で曲を作る」というような体験をたくさん積み重ねて「体得」するのが一番だという気がします。ロジカルシンキングが骨の髄まで染み込んだおじさん達はロイヤルカレッジオブアートで習ったことを「正解」だと思って一生懸命記憶して、左脳でロジカルに理解してしまいそうです。ロイヤルカレッジオブアートで行われているビジネスマン向けの授業がどれだけアウトプットをさせることに力を入れているかが気になるところです。

 

美術や音楽は受験には役に立たない教科として軽視されてきました。そんな教科ばっかり好きだった私ですが、そんなに間違ってなかったのかもしれないと正当化されたような気もする本でした。

 

評価;★★★(5段階評価)