「フラジャイルコンセプト」青木淳
あやふやな読後感
読後感のあやふやな本です。建築家、青木淳さんが折に触れて書いた論考やエッセイをまとめた本。フラジャイルコンセプトというタイトル通り、強く明快なコンセプトが語られるわけではなく、輪郭のあいまいな空気感だけが残ります。
中性的な文章
青木さんの文章はかつてのメタボリストのそれが男性的でマッチョなものだとすると、中性的な文章です。強く言い切らない。むしろ疑問を投げかけたり、掬い取ったりする思考。
谷崎的建築観vs芥川的建築観
そんなフラジャイルな思考の一端が特に表れている文章が本書の中におさめられた「谷崎的建築観vs芥川的建築観」という文章です。谷崎潤一郎は「いろいろ入り組んだ話の筋を幾何学的に組み立てる能力」が作家には求められるとし、文学の「構造的美観」が重要だというスタンスであるのに対し、芥川龍之介は「文学の質が求められるのは話の筋らしい筋がない時」であるとし、文学の「詩的精神」が重要であるというスタンスだといいます。
今でいうと村上春樹は芥川的な作家な気がします。村上龍は谷崎的な作家であるような気がします。そしてその考えを建築にも広げてみてみると、メタボリストは谷崎的建築観かな、そして、青木さんは芥川的建築家かなという気がします。安藤忠雄は谷崎的、隈さんは芥川的でしょうか。
今の日本の建築界のトレンドは芥川的?
今の日本建築界のトレンドは完全に芥川的建築観に基づいていると思います。強いコンセプトを提示するというよりもふわっとした空気感を重視したり、環境を丁寧に掬い取ったりするスタンスです。本書のタイトルは「フラジャイルコンセプト」ですが、隈さんも「負ける建築」とか「弱い建築」とか言っていますから、ノリとしては通じるものがある気がします。
最近の西日本の豪雨で広島も甚大な被害を受けましたが、広島に数年前にできた青木さん設計の三次市市民ホールは水害を想定し、床レベルを6m持ち上げた設計としていたのが功を奏し、被害を最小限に抑え、避難場所としても有効に機能したようです。一度観に行ってみたい建築です。
評価:★★★★(5段階評価)
「バベる 自力でビルを建てる男」岡啓輔
自力でビルを建てる男
港区三田にセルフビルドで今も建設が続けられる一風変わった鉄筋コンクリートの住宅「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」を作っている岡啓輔氏の自伝的作品です。
世界にもたまにセルフビルドに憑りつかれた人がいる
歴史上、たまにすごい建築を何かにとりつかれたように自分一人で作ってしまう人が出てきます。郵便配達員シュヴァルの理想宮(フランス)、ネック・チャンドのロック・ガーデン(インド)、サイモン・ロディアのワッツタワー(アメリカ)等々。どれもその作品には独特の迫力があります。
そして日本には岡さんがいる
そして日本にもまさに今、何かにとりつかれたように自ら設計し、コンクリートをこね、自分の家を東京のど真ん中に立てている人がいます。それが岡さん。私も一度前を通ったこともありますが、日々街中にものすごいスピードで建設されていく建築物のコンクリートとは違う、手作りの迫力に満ち溢れていました。
熱い男
この本では岡さんが建築を志し、住宅設計に携わり、職人になり、踊りに熱中し、セルフビルドに憑りつかれて行く半生が描かれていますが、とにかく熱い。日々実務に追われていると、どうしても「大人な」判断をしがちだし、内的衝動を推進力にここまで突っ走るのには相当なパワーがいります。
作る喜びとか、衝動とか、学生時代に最初に建築に飛び込んだ時のあの感じを忘れちゃいかんよなと思わされる本でした。
評価:★★★★(五段階評価)
「これからの教養 激変する世界を生き抜くための知の11講」菅村雅信
代官山蔦屋書店で行われた11回の対談をベースにまとめられた本です。計11名。各分野の第一線で活躍する方々です。
1.東浩紀 作家・思想家
2.池上高志 人工生命研究者
3.石川善樹 予防医学研究社
4.伊東豊雄 建築家
5.水野和夫 経済学者
6.佐々木紀彦 NewsPicks編集長
7.原研哉 デザイナー
9.平野啓一郎 小説家
10.松井みどり 美術評論家
11.山極寿一 京都大学総長
それぞれ分野・アプローチは違うものの、文化、技術、思想、社会の相互関係の中に自分のプロフェッションをきちんと位置付けながら道を掘り進んでいるという点では共通するような気がしました。世の中はいつの時代もそれらがセットになって動いています。読んでいて大学一年生の頃に一般教養の授業を受けていたころのような心境になりました。人によってはこの本を読んでより興味を持った分野を掘り下げていく、そのきっかけにもなるかもしれません。
評価:★★★(5段階評価)
- 作者: 東浩紀,池上高志,石川善樹,伊東豊雄,水野和夫,佐々木紀彦,原研哉,深澤直人,平野啓一郎,松井みどり,山極寿一,菅付雅信
- 出版社/メーカー: ディスカヴァー・トゥエンティワン
- 発売日: 2018/03/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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「建築家のためのウェブ発信講義」アーキテクチャーフォト・後藤連平
建築の情報サイト、アーキテクチャーフォトの編集者後藤廉平さんの本です。アーキテクチャーフォトは日常的によく見ていたのですが、後藤廉平さんという個人がやっているサイトだとは、また、その後藤さんが同世代の京都工芸繊維大学出身だということも知りませんでした。
建築家のウェブ発信
建築家のウェブ発信といえば、自身の設計事務所のHPで、プロフィールや作品の写真を掲載し、字は小さく、モダンなデザインでまとめられた素気ないものが多かったように思います。ところが今は発信のツールがHPだけでなく、ツイッターやインスタグラム、フェイスブックなどにも広がっています。また、後藤さん曰く、建築家のウェブ発信は「学問としての建築」だけでなく「ビジネスとしての建築」にも活用できるといいます。
アーキテクチャーフォト
アーキテクチャーフォトは建築の情報をリアルタイムで伝えるニュースサイトとしてなんと現在では27万ビューを誇るといいます。それを個人で築き上げたのだから驚きです。ビジネス的にはアーキテクチャージョブボードは設計事務所の求人サイトとしてうまく回っているようです。たしかにアトリエ事務所の求人情報などはこれまで口コミでしか伝わらず、人脈に負うところが多かったので有用です。
ウエブ活用の3か条
建築家のサイトは通り一遍の構成のものが多いですが、建築家の個性は様々だし、その強みは千差万別なので、それを活かしたウェブ発信が重要です。そして3か条として下記の3点があげられています。
1.継続に勝るものはない
2.「ファンづくり」という視点を持つ
3.信頼される発信を心がける
こうしてみると建築家は自分の全人格的魅力を継続的に発信し続ける技術も設計技術と同じくらい重要な時代になっているのかもしれないなと思います。
とくに感心したのは第3講の
1.情報は受け手に合わせて編集する
2.戦略的に言葉を選ぶ
3.移り変わる社会の変化を意識する
といった項目。インスタのハッシュタグの言葉選び一つとっても誰に向けて届けたい情報なのかによって変わってきます。そこまで考え家ことはありませんでした。また、HPにしても業界向けのサイトと、一般客向けのサイトを使い分けたりする建築家も紹介されています。考えてみれば組織事務所のウェブ発信だってHPを作るだけではなく、広報室がツイッターやインスタをやっても面白いかもしれません。
建築家に設計を指南するのではなく、ウェブ発信を指南する本はおそらくこれが初めてではないでしょうか。その切り口も新鮮ですし、読むとこれは建築家必須のリテラシーであると痛感します。リテラシーのない建築家はリテラシーのある建築家にどんどん仕事を奪われてしまうかもしれません。必読書です。
評価:★★★★★(5段階評価)
「モデュロールⅠ」ル・コルビュジエ
「モデュロールマン」という曲を作っています(笑)
最近、趣味でやっているバンドで曲を作っています。所詮素人のバンドなので、プロみたいな曲は作れません。でも、建築をやっている人間だからこそ作れる曲ならあるかもしれないと思って今作っているのが「モデュロールマン」という曲です(笑)
曲は大体出来上がっているのですが、そういえば「モデュロール」ってきちんと読んだことあったっけな、と思い、アマゾンで古本を注文しました。読みたい本が明確な時、アマゾンで古本を探すのが安上がりで時間もかかりません。
独自の寸法体系「モデュロール」
モデュロールというのはコルビュジエが美しく、人間の尺度に合い、かつ工業生産の理にかなった寸法体系として独自に開発したものです。本書はその発想の瞬間から、ユニテダビタシオンなどの実作に応用するまでを書いたものです。ものの寸法を決めるのに、モデュロールに規定された寸法を使えば、美しく、機能的な建物が設計できると、と。そういう寸法の体系をコルビュジエは考えました。
コルビュジエの自己演出
読んでいて面白いのは文章の人称が「彼」であることです。自分で書いているくせに、その一部始終を「彼」で書き始める。それは今でいうと「プロフェッショナル仕事の流儀」や「情熱大陸」を自分で作って自分で編集し、ナレーションするようなものです。そうすることで、コルビュジエは自分のアイデアをあたかも客観的に評価を得たもののように語ることができます。気恥ずかしくてなかなかマネできる方法ではないと思いますが、この自己演出というかプロデュース能力があったからこそ、コルビュジエはコルビュジエになれたのだと思います。
執念
ミケランジェロのカピトルの絵葉書に、もう一枚の絵はがきを重ね、その直角をカピトルのファサードの頂点に重なると様々な寸法が幾何学的な法則に基づいて決定されていることを発見するところから物語はスタートします。(これも演出の可能性がありますが)それを執拗に補強し、ブラッシュアップし、権威付けし(アインシュタインの名前も出てきます)、家具、展覧会の展示計画、建築に応用し、実現していくまでの執念たるやすさまじいものがあります。コルビュジエはあくまでもこれはツールだと言っています。これを使えば必ず美しく、機能的な建築ができるわけではない。ただ、デザインの仕方をデザインする。デザインするためのツールや考え方そのものをデザインするというのは本当にすごいことだと思います。
今、モデュロールを使って設計している人はほとんどいないと思いますが(実際には寸法が中途半端で使いづらかったりする)、その思想自体は今でも人間工学の分野で活かされているといえるかもしれません。
たまにはSD選書で建築の古典的名著に触れるのもいいものですね。
評価:★★★★(5段階評価)
「代官山再開発物語」赤池学
代官山アドレス開発のドキュメンタリー
久しぶりに建築がらみの書籍のご紹介です。再開発案件に初めてかかわっていることもあって勉強を兼ねて読んでみました。これは代官山アドレスが再開発事業として計画されてから実現に至るまでのドキュメンタリーです。
複雑な「再開発」という仕組み
再開発というのは、その場所にもともと住んでいた地権者がいて、その人たちに同じ規模の住宅やお店を新しく用意しつつ、高層化を図って住宅やオフィスを積層し、その売却益で新しい建物を建てるというスキームになっています。言葉にすると簡単ですが、この地権者を計画に合意してもらい、新しい建物にまとめ上げるというのは膨大な時間と労力がかかります。
「プロフェッショナル仕事の流儀」を観ているような感じ
特に代官山では既存の同潤会アパートの歴史が長いだけに権利関係が複雑で、その整理にはとんでもない苦労があったことがうかがえます。計画に何年もかかるので、その間に経済状況や地価も変動するし、お年寄りには亡くなる人も出てきます。事業に参加するといっていた企業が撤退したり、ギリギリのところで救世主として東京電力が登場したり、困難に次ぐ困難。プロフェッショナル仕事の流儀か何かを見ているような感じです。
再開発に関心のあるすべての方にお勧め
再開発に関する書籍はあまり充実しておらず、出ている本も教科書的なお堅い本が多く、事業にかかわる実際のイメージがなかなか湧きません。特に私は初心者で経験もないので、この本を読んでだいぶイメージが湧いてきました。これから仕事で再開発にかかわる方、あるいは自分が地権者だったり、再開発された構造住宅に住む方、近隣で再開発があり気になっている方などにもおすすめの良書です。
※ほかに良い再開発の本があったら教えてください。
評価:★★★★(五段階評価)
「子育てしながら建築を仕事にする」成瀬友梨 編著
アトリエ事務所から組織設計事務所、ハウスメーカー等で建築設計を仕事をしている執筆陣がどうやって子育てとの両立を図っているかをまとめた本です。
こんな建築本が出る時代になったか
本のタイトルを見たときに「こんな本が出る時代になったかぁ」とちょっと感慨深いものがありました。建築設計業界はこれまでながらく絵にかいたような長時間労働の業界で、プライベートや子育てや果ては健康まで大いなる犠牲を払いながら仕事をするのが常態化していました。そしてそんな働き方こそが建築への忠誠心を示すような風潮さえありました。私も以前はしょっちゅう徹夜をしたり休日出勤をしたりしていて、同じチームで働いていたエジプト人に「普通はWORK FOR LIFEだけど、日本人はLIFE FOR WORKだね」と呆れられたりしていました。
しかし、時代は変わって、設計事務所も健康的で効率的な働き方が求められるようになりました。さらに、共働きも増える中で子育てとの両立も大手を振ってできる世の中にかじを切っている最中です。
子育てと仕事を両立させるための様々な工夫
本書に登場する方々も両立のために様々な工夫をしています。
・男性でも子供のお迎えの日は18時には事務所を出る。そうでなくても20時~22時には退社する。
・日建設計は「時間デザイン制度」でよりフレキシブルな働き方が可能になってきている。
・プライベートの状況を職場のチームにもオープンにし、共有する
・ルンバを活用する
・通勤時間を仕事や雑用処理の時間として有効に使う
・Slackを導入してチームメンバーとコミュニケーションを図る
・19時に退社する日と、22時に退社する日を交互に繰り返しメリハリをつける
・困ったら親の力を借りる
・職住近接、さらに保育園も近接させる
・フィリピン人のシッターさんに来てもらう
・仕事を人に任せる
・電動自転車、ルンバ、クイックルワイパー、洗濯乾燥機宅配サービスを活用
・朝四時過ぎから仕事をして17時半には仕事を終える
・夫婦で実家に居候する(子育てに親の力を借りる)
・宅配クリーニングの活用
などさまざまです。
共通しているのは
①労働時間を朝方にシフトし、短くする
②仕事をうまく人に任せる
③チームメイトや上司にも状況を共有してもらう
④親やベビーシッター等の力を借りる
⑤文明の利器を最大限活用して家事の負担を軽くする
といったところでしょうか。子供は国の宝です。急激な人口減少に向かう日本において、子供を育てやすい環境を作ることは最大の経済政策だと思います。こういう本をきっかけに建築業界が子育てのしやすい業界として、優秀な人材がどんどん入ってくる魅力的な姿に生まれ変わることを願って★5つです!
評価:★★★★★(5段階評価)
- 作者: 成瀬友梨,三井祐介,萬玉直子,杉野勇太,アリソン理恵,豊田啓介,馬場祥子,勝岡裕貴,鈴木悠子,木下洋介,永山祐子,瀬山真樹夫,杤尾直也,矢野香里,松島潤平,吉川史子
- 出版社/メーカー: 学芸出版社
- 発売日: 2018/02/01
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