とあるリーマン建築家の書評ブログ

建築、デザイン、アート、ビジネスなどを中心に興味の赴くままに読んだ本を不定期でご紹介します。

「笑福亭鶴瓶論」戸部田 誠

笑福亭鶴瓶さんがどんな芸人であるかをそのデビューの頃から掘り下げて分析した新書です。本書で取り上げられる鶴瓶さんの特徴をいくつかかいつまんでみると、

・人見知り、時間見知り、場所見知りしない

・最高の状態でナメさせる男

・落語家のイメージを壊したいという反骨精神のアフロヘアー

・趣味は嫁

などなど、確かにと思ったりなる程と思わせるエピソードがてんこ盛りです。特にこの「人見知り、時間見知り、場所見知りしない」というのは「家族に乾杯」などの番組でも遺憾無く発揮されていて、タモリさんが地理や歴史に注目するのと対照的に一般の人たちの面白さにフォーカスし、さっと懐に入り込んでいく様が語られます。そんなキャラクターが縁を呼びさらにまた縁を呼び、時に奇跡的なエピソードが生まれたり、面白いできことが起きたりします。セレンディピティってこういうことをいうのかな、という気がします。

私はどちらかというとパッと初対面の人の懐に飛び込むのは苦手なので、こういう才能には憧れがあります。たけし、タモリ、さんま、鶴瓶、みんな全くタイプは違うキャラクターです。オープンなタイプもいれば普段は無口な人もいます。正解はないのでしょうが、あえて若手にも突っ込みやすいスキを与えていじらせる、というような人心掌握術みたいなものがあるのだとすれば、お笑い芸人に限らず普通の会社員、とくに部下を持つような世代の人達にも参考になるところがあるようにも思えます。

 

評価:★★★(五段階評価)

 

 

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)

笑福亭鶴瓶論 (新潮新書)

 

 

 

「超・戦略的作家デビューマニュアル」五十嵐貴久

本当に具体的

作家になるための方法が本当に具体的に書いてあります、この本。毎年発表される芥川賞のニュースを観ていると、普通のサラリーマンや、引きこもりや、コンビニ店員をしながら小説を書き、受賞して一躍時の人になる姿に「自分でも何か書いてみようか」と思う人もいるのではないでしょうか。文体やら、構成やらそういう技術的なマニュアルではありません。この本に書いているのは作家になる「方法」です。

 

出版社が主催する長編小説の新人賞のミステリー部門に応募するのがベスト

作家になるための方法は自費出版、ネットを通じての出版、コネを使っての作家デビュー、持ち込み、などもありますが、最も確率が高いのは新人賞を獲る、だそうです。これが最も現実的な方法だと言います。

では、どんな賞に応募すれば良いのか。それはズバリ「出版社が主催する新人賞」。例えば自治体が主催する新人賞は、賞をあげてしまえば終わりで、そもそも出版させようとか、作家を継続的にフォローして育てようという体制にない。一方出版社の主催する新人賞はそれで売れる作家を発掘し、売上につなげようという企業としてのスタンスがあるので、作家になりたいなら「出版社が主催する新人賞」への応募が最短ルートなのです。それも書籍になるだけのボリュームを備えた「長編小説」の新人賞です。

次にジャンル。賞が扱うジャンルとして多い「ミステリー」が有利だそうです。思えば戦略的に物を考えるタイプの作家、森博嗣さんもミステリーのメフィスト賞かなにかを受賞されて作家になられていたような気がします。

本書の中には具体的に著者が推奨する出版社主催の新人賞がいくつも紹介されています。

 

実は求められる常識

応募にあたっては当たり前ですが応募要項をきちんと読んでそれを守り、推敲して誤字脱字も直し、きちんと仕事のできる常識人であることを出版社の社員に理解してもらうことも重要だと言います。

 

こうしてみると何だか自分にもできそうな気がしてきます。ただ、新書でこういう本が発売されるということはそれだけ潜在的な作家志望者が沢山いるわけで、競争率も凄そうですけどね。

 

評価:★★★(5段階評価)

 

 

 

「リーダーを目指す人の心得」コリン・パウエル

黒人として初めて米国陸軍で4つ星の対象まで上り詰め、史上最年少で統合参謀本部議長を務め、国務長官でもあったコリンパウエルのリーダー論です。

 

パウエルのルール13か条

1.なにごとも思うほどには悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ。

2.まず怒れ。その上で怒りを乗り越えろ。

3.自分の人格と意見を混同してはならない。さもないと、意見が却下されたとき自分持ちに落ちてしまう。

4.やればできる。

5.選択には細心の注意を払え。思わぬ結果になることもあるので注意すべし。

6.優れた決断を問題で曇らせてはならない。

7.他人の道を選ぶことはできない。他人に自分の道を選ばせてもいけない。

8.小さなことをチェックすべし。

9.功績は分け合う。

10.冷静であれ。親切であれ。

11.ビジョンを持て。一歩先を要求しろ。

12.恐怖にかられるな。悲観論に耳を傾けるな。

13.楽観的であり続ければ力が倍増する。

 

パウエルが自身のキャリアの中での経験から学んだ事柄をエピソードとともに語っていく形式です。読んでいると、いかにも優秀な軍人という感じで、端的な言葉と、怒りっぽい性格と、勝気で楽観的な思考が随所に伺えます。仕事のスタイルとしては決められた時間内で効率よく集中して仕事をし、終わったら帰ってプライペートな時間もしっかり確保する、という昨今ののワークライフバランスの議論で挙げられる理想像とほぼ同じスタイルを理想としているようです。国家の運営をする大仕事であってもやはりワークライフバランスを重視するんですね。というか、それだけの大仕事だからこそ、なのかもしれません。

 

消せない過ち

パウエルが自身のキャリアを振り返って最大の失敗は「イラク大量破壊兵器についての誤解」であったと語っています。国家安全保障会議やCIAが情報を収集し、分析した上でイラク大量破壊兵器を持っていると結論づけたものの、後にそれが誤りであったと判明します。アメリカがイラクがへ派兵する大義名分が崩壊してしまった。国家のトップクラスの頭脳が集まった組織でも過ちを犯してしまう。リーダーは何をすべきだったのか、どうすれば組織の過ちを見抜けたのか。

 

リーダー論やビジネス論など、世の中にはあまたの本がありますが、その大半は著者がリーダーでもなければ一流のビジネスマンでもない本です。情報はなるべく一次情報に触れるべきだとすると、リーダー本人が書いた本にはある価値があるのではないでしょうか。そういう意味でもアメリカという大国の中枢にいた著者の考えを母国語で読める環境にもありがたみが湧いてきます。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

 

リーダーを目指す人の心得 文庫版

リーダーを目指す人の心得 文庫版

 

 

 

 

「Airbnb story」リー・ギャラガー

ウーバーとともにシェアリングエコノミーの代表格として語られるエアビーアンドビーの創業物語です。チェスキー、ゲビア、プレジャージクの3人が、ひょんな事から立ち上げたエアビーアンドビーを世界的な企業にまで育て上げるプロセスをチェスキーはこのように語っています。

「崖から飛び降りて、落ちながら飛行機を組み立てるようなものだ。」

豪華なジャンボジェットを組み立てて、順風満帆に離陸している時間はなく、リスクを取り、不確定要素満載の中、とにかく飛ぶ勇気が必要なのだと思い知らされます。まるでステージをクリアすると新たな敵が登場するテレビゲームのように、エアビーが成長し、ステージを上っていく度に様々なトラブルや問題が発生します。セキュリティのトラブル、既存ホテル業界からの反発、法律との齟齬、膨れ上がる社員と企業理念の維持、それを彼らは必死でクリアしていく。

チェスキーは並外れた学習意欲を持ち、ザッカーバーグ、マイケルサイベル、ポールグレアム、ジョナサンアイブ、ウォーレンバフェット等錚々たるメンバーらに接触し、アドバイスを求め、大量の読書をし、あらゆることをメモし、学びながら走っているのが分かります。そしてすごい勢いで自分を世界的な企業の経営者に成長させていきます。

リスクを厭わない姿勢、スピード感、行動力、絶えず学ぶ姿勢。起業家には共通したポイントが揃っているのが分かります。

私もまだエアビーアンドビーで泊まった経験がないので、近いうちにチャレンジしてみたいと思っています。

 

評価:★★★★★(5段階評価)

 

 

「塑する思考」佐藤卓

日本を代表するグラフィックデザイナーの一人である佐藤卓さんが、デザインとは何かを愚直に追い求めた思考の奇跡をまとめた本です。

図版は少なく、佐藤さんのこれまでの仕事を知らない人には文章を読んだだけで何を言おうとしているのか全ては伝わりづらいかもしれませんが、一通り予備知識を持っている人には、これまでの仕事のベースになる思考のを知ることができる良書です。

デザインの定義

とにかく著作中で執拗に語られるのはデザインを付加価値であるとか、お化粧的な位置付けに貶められることへの反発です。これは第一線のデザイナーや建築家などが共通して主張することでもあります。デザインというのはもっと広義のもので、商品を化粧するのもではなく、商品のあり方そのものを扱うものだと。だからデザイナーズ家電だとか、デザイナーズマンションというような言葉に対して著者は否定的です。

 

唾液とデザイン

 

個人的に考えさせられたのは「唾液とデザイン」と題された章でした。デザイナーは「モダンデザイン=デザイン」だと思い込み過ぎている。美味しそうなラーメン屋とは何かと考えた時にコンクリート打ち放しのモダンデザインのラーメン屋を思い浮かべる人はまずいないだろう、と言います。確かに、この問題は建築家も見て見ぬ振りをして来た問題だと思います。本来、ラーメン屋の店舗デザインはラーメンが美味しそうに見え、食欲を増す、唾液が出るような空間が理想なはずです。それが空間の目的だとしたら、その目的を達成するための手段として、モダンデザインが正解でない可能性は大いにあるはずです。馬鹿の一つ覚えのように、ミニマルでクールな空間ばかりを良いデザインだと考えてしまうのは一種の思考停止かもしれないと考えさせられます。では、唾液の出るようなデザインを成立させる方法論を我々は持ち合わせているのかと考えると、あまり自信がありません。ひょっとしたら、モダンデザインを乗り越える次の方向性のヒントがそこにあるような気もして来ます。

 

デザインの公募

 

もうひとつ、激しく同意した章は「デザインの公募」という章でした。昨今の、国家的イベントのシンボルマークなどを一般公募する風潮に対する批判文です。最近、オリンピックのマスコットキャラクターも公募で、しかも子供達に投票させると発表されました。応募する方も、選ぶ方も素人です。プロのデザイナーなら当然配慮するざまざまな側面に対する検討を欠いた、ロゴマークマスコットキャラクターが民主主義の名の下に選ばれる可能性が高いと思われます。これは役人の責任逃れです。民主的なプロセスであるという大義名分で大衆の批判を逃れようとする意図しか感じません。プロをバカにしている。多数決は万能ではない。しっかりとした能力がある人が、責任を持ってデザインし、しかるべき能力のある人が責任を持って選ぶ。そうでないと本当に良いものは生まれないと思います。

オリンピックがらみの数々のゴタゴタ、豊洲の問題、日本企業がアメリカ企業に負けている理由、すべてつながっている気がします。

 

他にも興味深い文章の数々が収められた本ですが、その思考は極めて愚直で、真摯なものです。絶えず原点に帰って、そもそもどうあるべきかを面倒臭がらずに考える。だから説得力があるし、ブレないものが作れるのだと思います。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

塑する思考

塑する思考

 

 

 

「宝くじで1億円当たった人の末路」鈴木信行

日経ビジネスの副編集長がタイトルにもなっている「宝くじで1億円当たった人」や「事故物件を借りちゃった人」「子供を作らなかった人」「自分探しを続けた人」「8時間以上寝る人」等の末路をインタビューによって探った本です。

 

タイトルと編集の妙

これはさすが日経ビジネスの副編集長、本のタイトル設定のうまさと、「〜の末路」という切り口のうまさによるところの大きい本です。この切り口・編集を外して、冷静にこの本で行われているインタビューの内容だけを見ると、ただのインタビューといえばただのインタビューです。内容的には特別斬新な内容というわけではありません。同じインタビュー素材を持っていても、普通に書いたら統一感のない、超地味な本になり兼ねないところを力技でまとめています。

 

疑問を抱かせるテクニック

以前、最近の本は「なぜ○○は○○なのか」というタイトルの本が多いのは読者に疑問を抱かせ、この本を読めばその疑問が解消されると思わせることで、本を思わず買ってしまうことを狙っているんじゃないかと書いたことがあります。この本も「○○の末路」というタイトルを見た人は「この人はこの後どうなったでしょう?」という疑問を植え付けられ、知りたくなって思わず手に取ってしまいます。(私がそうでした)

 

宝くじで1億円を手にした人がその後どうなったか知りたいですか?
ここには書きません。
この本の中に書いてあります。

 

評価:★★★(5段階評価)

 

宝くじで1億円当たった人の末路

宝くじで1億円当たった人の末路

 

 

 

「世界を動かす巨人たち〈経済人編〉池上彰

池上さんが持ち前のわかりやすい語り口で世界を動かす経営者たちを紹介した本です。紹介する経営者たちはこちら。

ジャック・マー(中国の楽天、「アリババ」の経営者)
ルパートマードックウォール・ストリートジャーナルを買収したメディア王)
ウォーレンバフェット(「オマハの賢人」と呼ばれる世界一の投資家)
ビル・ゲイツマイクロソフト創業者、現在は慈善事業に注力)
ジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)
ドナルド・トランプ(不動産王にしてアメリカ大統領)
マーク・サッカーバーグ(フェイスブック創業者)
ラリー・ペイジ、セルゲイ・ミハイロビッチ・ブリン(グーグル創業者)
コーク兄弟(巨大エネルギー企業コークインダストリーズ経営者)

ジャック・マー、ビル・ゲイツ、ベゾス、ザッカーバーグ、ラリーペイジらはいずれもITで世界を変えた経営者です。共通しているのはとにかくそのスピード感と行動力。チャンスと見れば大学をも中退し、事業を起こし、走りながら考える。気づけば日本はネットの世界で完全に立ち遅れ、彼らが構築したシステムに支配されてしまっています。

私もマイクロソフトやアップルが作ったOSを使い、グーグルを使ってネットを閲覧し、アマゾンで本を買い、ブログを書き、フェイスブックで紹介したりしています。全部彼らの掌の上です。考えて見ると恐ろしいくらいです。

日本はものの考え方を変えないとこの先とても戦えないと思いました。過剰な平等主義や行き過ぎたリスク回避の思考。会議会議で一見民主主義的な意思決定に見せかけた、遅く、だれも責任を取らない意思決定。リスク回避を重視するくせに決定の遅さそのものがもたらすリスクに対する認識不足。教育から変えないと、彼らのようなリーダーは生まれてこないように思います。

 

一方でマードック、トランプ、コーク兄弟ら、どちらかというと古い業界の経営者には手厳しい書き方をしています。金のためなら手段を選ばないタイプです。

最も尊敬を込めて書かれているのはバフェット。大富豪になってからも慎ましやかな生活を変えず、ビルゲイツと共に慈善事業に力を入れています。

 

世界を代表する経営者を知る入門書としては最適だと思います。巻末に主要参考文献として各経営者について書かれた本も紹介されているので、特に興味を持った経営者をさらに掘り下げていくのも良いと思います。

 

評価:★★★★(5段階評価)

 

世界を動かす巨人たち <経済人編> (集英社新書)

世界を動かす巨人たち <経済人編> (集英社新書)